2026年2月27日(金)

日がな本気でつらくて夕餉の途中に床へ伸びた。たぶん初めてじぶんがかわいそうだと思い、もしかしてこれは悲しみというものではという気持ちに。状況的なストレスを抱えて増幅してしまっている身体に、そのしんどさは自我がタスク化して処理するから渡してと語りかけてしばらくしたらすこんと楽になり、それでタスクを書き出しきょう片付ける範囲をこなした。そのあとは憑き物が落ちたみたいに楽になってる。この自我はいままでずっと矢面でじぶんを支えてきながら目立つ主張もせず、どんなときにも現実に対処してできることをして、じぶんをここまで連れてきたのだなと思う。身体が信頼して負荷を全て預けられるくらい、黙々と着実にこなすかっこよさと信頼感があり、仕事がなければぽんやりしていることを最も好むチャーミングな面もある事務方、という印象。こういう人物像がじぶんのなかで一側面として存在しているなんて、なんだか、意外だ。きょうやるのはここというように優先順位をつけラインを引いてひとつひとつ片付けるし、自分自身からの信頼に対して誠実に能力で応えてくれるからあまりぶれることがなく、こういう相手に呼びかけられたら苦しがっている身体もそりゃ信頼して委ねるかも。いままでじぶんが自己像として認識してきたのはおもに体と心の反応だったみたいで、それはかなり極端にネガティヴな感情の実感を含む像だったから、こういう頼りになる事務方がずっと一緒にいて支えてくれていたことに、思いがけずうれしいような落ち着くような気持ちを感じる。気分の忙しいこと。呼びかけにこれだけはっきり応じたあたり、身体/心/自我は互いに信頼関係をもとに対話できるようになっているのだな……。元通所先へは一区切りとなるメールを送った。喫茶店さんとのお話の件はメールが届き、ポストカードを商品として置いてくださることになった。その返信はあすのタスク。きのうの雑記は書き損ねたけれど、風の強さに季節を感じたため、たぶん初めてじぶんのために花屋で花を買い、珍事くらい珍しくスタバで甘い飲みものを持ち帰りして、うちでそれらを相手にしていた。

2026年2月25日(水)

元通所先の退所のサイン含め、関係者が揃っての面談となった。いったん関わりが終了となる方々にも継続となる方々にもお礼を伝えたり。気持ちがほぐれたように思う。夜更かししていたら変な時間。この風の強さは冬が撤退していくときのざわめきだなと思う。

2026年2月24日(火)

きのう書いた定食屋さんへ行ってカツ煮定食を食べた。ポストカードを渡したらお店に飾りましょうという話になり恐縮。体調がよくないのでねむろう。

2026年2月23日(月)

Googleマップで見かけて気になっていたタイ料理のお店で昼ごはん。行ってみるととくに看板が出ているわけでもないようだったけれど、ほかにお客さんが店外で待機していた。やっぱり30分くらいは待つかーという声を耳にする。駐車場のナンバーに隣県がいくつか。なかの客層は夫婦連れや女性客多めなのかなという印象だった。白米におかずを乗せて食べるクアクリンムーとカオマンガイ、チャージョー(えびの入った揚げ春巻き)、それからデザートにバナナの揚げ春巻きを注文。どれもほどよい味付けの、香ばしくて美味しいごはんだった(先日の居酒屋の手加減なしな料理と比べて)。チャージョーについてきた酸味の強いたれ、あれすごくエスニックでいいなと感じたのだけれど、なにでできていたんだろう。揚げ物としての熱いバナナ、それも冷たいアイスクリームと合わせて食べるのって、思いがけないおいしさ……。メインのボリュームがあっておなかいっぱいだった。ヤムウンセンとなますをテイクアウトして、そちらは晩ごはんに。ひとりで切り盛りされているらしい店主を軸に横のつながりが広がっているのかなーという印象。そのあと出かけたついでにと、文房具屋へ向かって絵の具やペンなどを手に入れた。そのうちまた使いそうな気配がする額縁に傷が入っているため、近い色を塗って補修しておこうと思ってのこと。急に声がかかってもよいように、A3用の額と額マットをそれぞれふたつ、注文しておかないとね。作品も印刷所で印刷し直したほうがよいのがたぶんいくつもあるから確認を。友だちが研修先の定食屋さんに食べにきてねと教えてくれており、あすはそちらへ遠出してみるつもりで連絡しておいた。別の話で、替えのスマホを申し込んだのはタイミングがよくなかったなーという気持ち。申込先サービスが平日に発送となっていて、それをしたのは三連休前の金曜だったのだよね。不便なのかデバイス依存なのか。また別の話で、仕事に可能なだけ依存しない暮らしを設計として実装する、という方向性を実践しているひとたちとつながりたいという気持ち。働く/稼ぐ/消費する、という循環を抑え込み、生活コストも抑えることで多少の不便を受け入れる代わりに半身抜ける、つくる/育てる/交流する/仕組みに参加する/自然とつながるといった、消費とは逆な生成する営みへ舵を切りつつ稼ぎ方を増やす、お金をはじめ諸々への依存を小さくしていきつつじぶんの時間を増やしていく、まあそんなこと。実践している/模索しているひとたちは探せば観測できるのだから、容易くないか魅力がないだけでできないことではないのだろう。働いて稼いで消費するというエンジンのほうがこの社会では標準提供されていて実装しやすく効率的で刺激も強いし認められやすく楽で安心安定できる、あたりだろうか。じぶんは、ひとりでいるときこそ充実や自由や気楽さを感じる/ただ存在してただ感じることに心地よさを感じる、という点において、別の設計へ入れる性質持ちと言えそう。消費に依存しないということはそれが持つ強力な欲望をどこまで方向転換し、無料/じぶんで生み出す快へ切り替えられるか、ということだろうか。じぶんは最終的にひとりでいるために、ひととの関わりを経由する必要がある、という思いがあって、関わるための性質や能力を切り捨てずに伸ばせている点はきっとこれから効いてくるよ。とりとめもなくなってきたからこのへんで切り上げ。

2026年2月22日(日)

さいわい風邪の症状は出なかったものの、体調もメンタルもぱっとしない日。というより人間沙汰のことばかりで思考が煮詰まったまま過ごしていた。ふと北へ帰る鳥たちの写真が目に入り、ああ世界は広いんだったと思って風通しを感じたり。世界や宇宙、自然、地球、この世などと呼ばれるものたちに接地してる? 光の加減や風のざわめき、大気のにおいや肌触り、空と雲の様子、遠くを行く車の音、夜の静けさや物音、星や月、そういう現実を感じられてる? いまこの瞬間へ戻ってくるのがよいよ。人の世はあんがい数えられるくらいのレイヤーでできていて、ゆえに生きもののはずの人間はそこへ回収されるとき削られるのだけれど、世界のほうはなまの質量と無限の階調でできている。人の世を包摂してなお麗しい混沌を保つこの世界とじぶんとのあいだに風通しを確保しておくこと。

2026年2月21日(土)

ポストカードについてのNPOさん/喫茶店の方々とお話の機会。それはひとまず済んだのだけれど、別件として夕方ごろからのどが重くて咳が出るし、鼻は詰まるし、風邪の引き始めみたいな感じ。おふとんにこもる。

2026年2月20日(金)

定期通院先へ向かったあと宇都宮のスマホ修理店へ。結論から書くと修理対応できずに帰ってきた。Googleの公式ページからそのお店へ修理申し込みをしたと思っていたのだけど、スマホの保険として加入しているPreferred Careを利用するには別の妥当なページから手続きする必要があり、それだと遠出する必要はなくWeb経由で済む模様。帰ってきてから手続きをして、近く替えのデバイスが届く手はず。ともするとこういうの無駄足だったのではなんて思いがちだけれど、そう思う必要もとくにないしね。じぶんは車でのドライブはわりとすきな質みたい。音楽流しつつずっと口笛吹けるし、スマホ経由でナビも使えるし、それに今回はぬいのうちの仔一名といっしょに出かけてよい感じだったのだった。あすの営業というかお話に備えてすることをタスクとして書き出し消化していたら、もうそろそろ一日が終わりそうな時間。間に合った。こうしたときとくに緊張しないのはお得というかお気楽というか。すこしゆっくり話すことを目標にして、ほかはいつも通りにするのがよいよ。あすのお昼には話はひととおり終わっているだろうから、そしたらうちでのんびりすることにして、今宵はほどほどにしてねむる。

2026年2月19日(木)

病院でおくすりを受け取ってサイゼリヤでごはんを食べた。Android Autoという、スマホと連携するモニターが車に載っており、それを使うならパーツの下見がしたいねということで車用品店へ。こういうとこくるの初めてかも。スマホスタンドなどふたつばかり部品を買って車に取りつけた。並んでいる商品をざっと見た感じ、ドリンクホルダーもティッシュホルダーにしてもおしなべてデザインがいかついという印象。モニターの機能は有線限定でそこをワイヤレスにしたかったものの判断がつかず、うちへ帰ってきてから調べてAmazonで手ごろなのをポチった。夕餉の途中にストーブの灯油が切れたため買いにいき、ホームセンターの閉店間際に駆け込んだり。別の話でスマホの画面が映らなくなり、修理するなら郵送よりは早いからと店舗持ち込みの予約をあす昼に取った。それなりに遠いから一日かかるかも。落ち着かないなー。土曜が喫茶店の方々とお話の機会なので、前日はゆったりと準備をしておきたかったのだけれど。ひとまずあすの用事を片付けて、それからにする。なんだろね、せっかく宇都宮へ行くなら服など見たいという下心はあるにはあり、それは体調次第。

2026年2月18日(水)

多少ましではありつつ気は沈む。修理されたモニターを元の場所へ戻して部屋をすこし掃除したあと、お昼はインドカレー店でほうれん草カレーとはちみつのかかったナンを食べた。店員さんが「あなたのこと覚えてますよ」とおっしゃった。ここへくるのは三度目で、前回はそこそこ前のことだったと思うけれど、なるほど。じぶんより前にお会計していった方と店員さんとのやりとりがたまたま耳に入り、お客さん側の「わたし大学生です」や「日本語お上手ですね」の言葉に、んー、と思った。日本語お上手ですねってこの時代としてはなんとなく違和感のある言い回しのように思うのだけど、そのくらいの世代のひとでもべつに気にはしない事柄なんだろうか。じぶんが引っかかったとき意識の俎上に載せているだけかもしれない。サンプルがひとつにつき保留。買いもののあと2時間ほどカラオケしてた。気が晴れるかと思ったものの、あまり、という感じ。それはそれとして、ただ歌うだけでも気持ちよいけれど、伸びやかな声で自在に歌えたらという気持ちがあるね。端的に言うとうまく歌いたいという。うまく、というのは落とし穴かもしれない。ボックスというかブースというか部屋に入っているとほかの部屋から抑揚と伸びのある気持ちよさそうな歌声が聞こえてきて、あんなふうにじぶんも声を出せたら気持ちよいのかもという気持ちはなきにしもあらず。帰ってきたら退職についての書類が届いていた。しばらく前からハンガーラックが掛けている衣類の重みで倒れるようになり、何度もとに戻しても歪みやキャスターの破損があってどうにもならなそうなため、頑丈なのをネットでポチった。根本的にはシーズンもの以外は衣類棚へしまうのがよかろな。一年じゅうスラックスと長袖のオックスフォードシャツで済ませているのになんか微妙に衣類がある。思うのは、内言の言葉遣いを変えたらじぶんが変わるのでは、ということ。しんどいときに思考が毒と呪詛に満ちているのはそうなのだけれど、内側の言葉遣い自体もふだんから粗い、粗野なんだよね。わりとこんなところを変えることでいろいろな影響が出てくるのだろなということは、お会計の際にお願いしますとかありがとうございますとか伝える習慣を身につけてみたことで実感したから、してみるのは悪くないかもね。いま考えていることはなに? とモニターの前でぼんやりしていたらすこし経った。あとはのんびり。

2026年2月17日(火)

かなり戻った感。NPOさんから連絡があり、ポストカードについてのお話ということで土曜にその時間を設定していただいた。それまでにコンディションを整える。モニターが直って帰ってきたからこれはあす元に戻すつもり。しんどいなりに思ったこととして、怒りを認めるとしてそれだけでは片手落ちで、出力の方向性はじぶんたちが教えてあげる必要がある。もうひとつ、許すということについてそれがどんなことなのか、考えたほうがよいのかも。夕餉のあと仔猫と遊んだりだらだらしているうち、仔猫は眠ってしまった。アレルギーで目がかゆくなってきたからそのままにはしておけないな……。