2025年10月20日(月)

朝のうちは小雨だったためお仕事はお休みの連絡を入れ、一日じゅう仔猫の相手をしたり本を読んだり。『レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒』を読み終えた。実践のための手立ては明瞭豊富として、これ、当事者ではなく臨床家向けの手引きだね。。。当然のようにひとりではできないアプローチについてもいろいろ述べられており、それはまあよいのだけれど、大人になった当事者が我が身をなんとかするための書籍っていうのはどちらかというと多くはないのか、それは筋の悪いことなのか。それから、調整という概念の重要性に一章を割いているわりにはその言葉に明瞭な定義がないのはどういった意図なんだろ。個人的に重要そうなキーワードは交感神経系、腹側迷走神経系、背側迷走神経系/内受容感覚/ナラティヴ/偽りの耐性の窓/LOC/「恥」の体験/調整、あたり。大雑把に拾った指針としては、生き延びるための必死の努力はもう完了させてよいのだ、自己防衛反応を手放し安全感覚を手に入れようということ、まずは安全と継続性に焦点を当てること、活性化した各自律神経系を適切なレンジへ調整する取り組みが耐性の窓を拡張する鍵であり、そのために内受容感覚を洗練させること、重要キーワード「対処できる」、新たなナラティヴを創り出し変えてもいけるようになること、「もし安全を感じたとしたら、なぜそうだと分かりますか?」という問いの大切さ、など。もっとたくさんのことが書かれているのだけれど、そこは念入りにマーカーを引いたし必要に応じて再読するからよいよ。たぶんじぶんは各自律神経系が最適な覚醒領域から外れた状態な「偽りの耐性の窓」におり、おそらくまだほんとうの落ち着きや穏やかさを感じられていないのだと思う。こうした場合の一般的な傾向としては背側迷走神経系優位の状態が慢性化しており、それを基調に自律神経系が相互活性や相互抑制を起こすとのこと。じゃあその優位を低いトーンへ誘うにはというと、セラピストとの協働が前提ではあるのだけれど……過剰な刺激を減らし安全/安心な環境のなかで防衛を解き、落ち着く感覚を味わうところから始め、次第に腹側迷走神経系優位な状況を増やしていく。この過程ではやはり健全で正確な内受容感覚を養うこと/身体を感じる体験/興味を持って感覚を探求することが大切で、たとえばどんな感覚が楽しいか、好きか、といったことを探るとよいそう。まとめていると際限がなくなりそうだからこのへんでいったん切り上げ。そういえば本を読みながら、腕に寄りかかってあたまを掻かれるまま気持ちよさそうにしている仔猫を前に、なぜだかこちらも温かな感じがしてほほ笑んだのだった。仔猫の感じているリラックスにこちらの身体も同調したような、そんな感じ。たぶんじぶんは仔猫から教わることがあるんだと思う。

2025年10月19日(日)

本を読んだり、身繕いしたり、茹でた栗をむいて過ごしたり。作品を収めつつ紙の質感を直に見る、という理由でポートフォリオボックスによいものがないか検索。イルフォードのA4サイズはいちばん素敵だけれど、お値段もいっとう素敵だこと。ほんとうはこういうのA3が基本なのだとか。作品を見てもらうということの意味を考えたときにその金額が割にあうかということで、いますぐ決めなくても……という及び腰の思考になるのは、ポストカードをオフセット印刷で作るとしたらまずはこちらにお金をかけては、という案があるから。オフセット印刷は大量に刷っても価格がさほど変わらないものの、基本が高くつくねえ。仮にお試し+10種類を刷るとしたら出費を数ヶ月に分ける? オンデマンド印刷のものを無料配布したとき、素敵だから販売したほうがよいですよ、というありがたい感想をいただいて、そのことがなんとなく頭の隅にある。それと別に考えているのは、新しい8ホールのブーツを買いにドクターマーチンの専門店へ行けたらよいなということ。いま履いているそれは愛着はあるけれど、もう艶が出ないくらいにくったりしてる。都内へ行くのは疲れそうね。だいたいお金と気力の話してる。ほんとうにしたいのは、淹れてあるお茶と栗でこのあとのんびりすることなのだった。そういえば、じぶんたちが抱えて苦しみもしてきたものを、いまのじぶんが預かることにした。みんなには荷が重くても、もういまのじぶんなら楽に持てるくらいのものだしね。とはいえこうした預かりものを散らせていくには生身の工夫が試されるところで、そこはみんなが協力してくれる。もうだいじょうぶとそれぞれに約束もした日。それはそれとして、自然へ目を向ける機会がめっきり。思い出すように触れていることだけれど、軸足はそっちに置いていたほうが自然体でいられるよ。

2025年10月16日(木)

朝の雨のなかを車で産直へ。大きさの微妙に違う栗を比べているうち、通りすがりのご婦人と少し話したり。帰ってきてからは本を読んだり仔猫の相手。読みさしだったキャシー・L・ケイン、ステファン・J・テレール『レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒』(花丘ちぐさ、浅井咲子訳、岩崎学術出版社)をめくる。なんだか密度が高くてあたまに入ってこないねえということでマーカーを引きながら読むとよい感じ。ポリヴェーガル=複数の迷走神経系。交感神経と副交感神経のうち、後者はさらにふたつの系、おなか側(横隔膜より上)と背中側(横隔膜より下)の迷走神経系に分かれており、大きな鍵となるのはおなか側である腹側迷走神経系なのかな。こちらが安全の感覚を再構成するうえで重要な内受容感覚に関わる。脳や神経系には可塑性があるから、適切なケアを続ければニューロセプション=安全か危険かを区別する神経回路を穏当なシステムにしてあげられるし、愛着スタイルも安定したものに変えられるよ、という感じ。まだまだ序盤。個人的に口笛を吹いたり歌ったりして気分がよくなるのは、それ自体の楽しさだけでなく、呼吸→横隔膜→内臓の動きを通して腹側迷走神経系が優位になり、そこからリラックスが波及する、という経路(もある)かなと思う。最近のしていることがきちんとつながるあたり、わりと筋がよいのでは。暗くなるころすこし疲れて床に伸びて眠ったら、仔猫もこちらの顔の近くで眠っていた。もうやんちゃ盛りで元気があるから、小さかったときのように遊び疲れたらこちらの胸もとへ身体を預けて眠る、というのはなくなってきているのだよね。それでも近くで眠っていると、そこが安心するのだなと思ってこちらとしてもなんというか、うれしさはあるよ。一日じゅう口笛を吹いていた日。

2025年10月15日(水)

仕事の帰りにカラオケをして、ホームセンターで仔猫のおもちゃを見つくろい帰途へ。棒の先にひもと毛玉が付いているあれ、あれで遊ぶのが気に入ったみたい。カラオケはね、歌うたび、楽しさの体感が微細にだけれど、着実に感じ取れるようになってきているのがわかる。流行った歌っていうのは流行るだけの理由があって、歌いやすさも兼ね備えているんだね。うまいとか下手とか気にせず聴くだけだったものを歌ってみる面白さがあるよ。夜になり疲れが染み出すのを感じる。今週はもうおしまいにしておふとんでゆっくり。

2025年10月14日(火)

うちでのんびりして仔猫と過ごす。ぽつりぽつりと雨粒が落ちる曇天のもと、部屋にはストーブがあり暖かで、外の風を嗅ぐこともできるし、読む本もあればぬいも撫でており、仔猫が周りをうろちょろして遊んでいる。なにひとつ不足がないことを思ってほんの一瞬だけくすぐったいような感じがした。千葉雅也『現代思想入門』(講談社現代新書)を読み終えた。この本、誰もが思い悩むような事柄について考える足場がふんだんに提供されていて、しかも批判をくぐり抜けてきた哲学を咀嚼してもらえるゆえ確かな力にもなってくれる印象。基本的には脱構築という考え方が中心に説かれるなか、おおーと思ったのは、家族中心の物語がベースという側面のある精神分析に対し、多様な関係のなかでいろんなチェレンジをしてじぶんで安定をつくること、いろんなことをやっているうちにどうにかなるよ、ということ(ざっくり)を論理立てた哲学のことや、アイデンティティというものによって自分自身と終わりのない闘いを求められている近代以降の人々が、そこから一回り外に立つための哲学のことなど。終わりの「……身体の根底的な偶然性を肯定すること、それは、無限の反省から抜け出し、個別の問題に有限に取り組むことである。……」という言葉は行動に開かれていてよいな。哲学って、純粋に考えるためのものと人生哲学と呼ばれるものとでは性質が異なると聞いてる。タイトルの現代思想というのも両者を行ったりきたりして成り立っていることを思いつつ、生きる指針を得るためにはどちらも滋養になりそう。というか、よく言われるようなことっていうのはだいたい哲学者たちが通ってきた道であり、ひととおりの答えとより踏み込んだテーマがすでに用意されていることは、こういったものを知れば把握できそう、なのだなー。哲学がなんの役に立つのと問えば、主体的に生きるためにはごはん食べるくらい必須なのでは。仔猫はだいたいこちらの周りで遊んでいて、気が向くとドアの向こうの広いスペースへ出て行きまた戻ってくる。なんだか思うのは愛着について行われたという研究のこと。親という拠点があるから子は離れても安心して戻ってこられる/それが成り立っていないことがある、ということなのだけれど、仔猫を見ていてもこちらをよりどころにすることで安心してほかの場所を調べに行ける、というのが見てわかるのだよね。ひとも猫も似たところがある……。アクリルにいる「瀕死の火焔竜夫婦から卵を託された行きがかりの旅人」、そのひとはそれをどんなふうに引き受けていったんだろうと思っていたのだった。仔猫を見ているとそのあたりに腑に落ちてしまうような心の動きがあるように思う。

2025年10月13日(月)

それとなくお仕事するうちに時間が過ぎたのはよかったものの、長話に付き合うのはやめたいなーと思った。温めた昼ごはんが冷める。これは相手が話し終わってくれるのを待っている&いい感じの応答を醸してしまうこちらが悪いので、じゃあこのへんで、みたいに線を引いて切り上げる練習が要るね。いや、なんでも原因をじぶんに求めて他者は変えられないからとするのもそれはそれで均衡が取れてない。このへんはバランスが大切。日没後はかなり穏やかな気持ち。虫の声が減ってきたことを庭の暗がりから感じる。疲れを感じるから早めにおふとんへ。

2025年10月12日(日)

仔猫はもう大運動会の年ごろになり、体力が有り余っていくらでもケージの外で遊びたくて仕方ない、くらいに自己主張するようになった。とはいえ常時付きっきりで見守りながら遊ばせるのもひとの都合があるし……ということで、二階のスペースを掃除してそこに仔猫を放てるようにした。フローリングの目地まで全てきっちり綺麗にしたいし、置かれたまま使わないものや要らないものはまとめてクリーンセンターへ持ち込みたいけれど、それは後々。きょうはもうよい仕事をしたよ。と思いつつ、そのスペースの蛍光管を替えるためホームセンターへ買いものに行った。照明もそろそろLED仕様に工事をしたほうがよいけれど、一度に全てを完璧にというのは求めすぎであり、ここはひとまずこのくらいでよし。初めてそこへ連れてこられた仔猫はいかにも猫らしく探索をしていた。なんだか遊びたいようなのはそうなのだけれど、そのうえで人間が近くにいないと不満なのか心細いのか、こちらがドアひとつ向こうにいっただけで大声で呼ぶねえ。居室とスペースは行き来できるようにしておこうか。諸々の状況を鑑みてうちのなかを常に自由に過ごさせるにはまだ早いにしても、これで仔猫が前よりも遊んでいられる環境はできた。それとは別の話で怒りを感じやすいコンディションにあり、あー。交感神経優位、扁桃体の興奮、思考の反芻、このあたりはセットというか循環となってネガティヴな感情を招いているんだよね。そこで思考を止めれば楽になり解決というわけではないにしろ、マインドフルネスはじぶんを解きほぐすアプローチのひとつとして有効なのだろな。手元で読みさしなウ・ジョーティカ『自由への旅「マインドフルネス瞑想」実践講義』(魚川祐司訳、新潮社)はこれ一冊でヴィパッサナー瞑想の核心を説く感じだけれど、じぶんはもっとゆるく型から入ってそれっぽく体験してみるための本が向いていそう。それからふだん使っている椅子の高さ調節用ガスシリンダーが壊れた。値段のわりにはそれなりに長く使ってきたことだし、これも買い換えどきだなーと思う。しばし逡巡して、ここから夜更かししたいのだなと感じる。こうしたときこそ早めにねむるがよい。おやすみ。