シャツにアイロンをかけたりネイル塗ったり。『46億年の地球史: 生命の進化、そして未来の地球』という本を読みはじめた。地球史年表の各年代になにが起きたかをまとめたうえで書き出したいと思ってのこと。ここ数年で世界史に手を出したときもそうだったけれど、知らないジャンルに飛び込んで一気にその骨格が立ち上がってくるときのぐっと眺望が開ける感じ、空間が広がる感じ、そうした気持ちよさは初心者だけが味わえる蜜よね。ことしはまだ好物のいちじくを見かけてすらいないなーと思ううち、一年前にウォッカで漬けたいちじく酒の存在を思い出した。あしたからまた通所でこの時間だけれど、味見くらいならどうだろ。そして庭の苗を思うに、じぶんはいちじくを育てるのが下手かもしれない。最近思う、居場所は大切。とくにその向き合いかたにおいて。いまの自分の場合、居場所が限られていると狭い世界の些細なことに汲々として、気持ちの余裕を無くしがち。ほんとはそんなのどうでもよくて、いずれはそこを去るわけだし誰かに好かれる必要もべつにない、他者の反応もその人の自己紹介でしかなく、必要なことをして悠然としていられるなら、些細なことを拾ってわざわざ気を揉むような後ろ向きな真似は手放せるはず。そういうのは理念としてはある一方で、フィジカルから解きほぐすのもおなじくらい大切なのだよねえ。このへんで眠る準備しよ。
2024年8月19日(月)
買い物や家事をすこししてあとはなんとなく過ぎし日。なんとなく思い立ってノートに地球史年表をまとめていた。先カンブリア時代長すぎ! 生命がわちゃわちゃし始めたのって地球の年齢からみるとつい最近のようなタイムスケールなんだね。このごろ石に関心が湧いて、綺麗な鉱物をネットでちまちま集めたり、岩石図鑑や鉱物図鑑を読んだりしているのだった。いまほしいのは古い石。地学の新書に「グリーンランド南西部には39~38億年前の縞状鉄鉱層や石灰質の岩石がある」とあり、そうした類いの岩石をひとかけらでも手に入れてみたいなーと考えてる。過去を伝える古い石に触れたら、この惑星の辿ってきたはるかな時間や宇宙の年齢を肌感覚として感じられるんじゃないかな、と思うのだよね。北海道一周のおり、道の駅の売店でカンポ・デル・シエロ隕石という小さな鉄隕石を一つ手に入れたのだった。よく考えたらこれはたぶん、大雑把に46億年ものくらいの古さなのでは。地上の物質ではない宇宙のものが日常生活のなかにあるのってよくわからない気分。地学や地球科学は触れる機会がなかったわりに関心領域だったから、鉱物集めや石拾いなどしつつのんびり開拓できたら楽しいのだろうと思う。『丘の上の本屋さん』観た。イタリアの田舎町にて、お人好しな本屋の主のもとにさまざまなひとが訪れる話。アフリカ系移民の少年とは本を貸しては感想を聞いて……という交流をしている。あたたかく穏やかな時間が過ぎるなか、少年が最後に受け取った本へ画面が移るときの力強さ。さまざまなひととつい書いたけれど、なかには縁遠そうな他者も描かれたうえでの少年に託されたあの本なところに味わいとメッセージを感じる。あの本屋で古本を一冊手に入れて、おもての椅子とテーブルでのんびりしてみたいなあ。冒頭でちらっと映るそこからの景色、すごくよかった。そして白鯨読むの速い。
2024年8月18日(日)
ぬいたちとのんびり。
2024年8月17日(土)
午前のみ通所。宵のころ買い物に出ると、遠くで花火大会の花火が上がっていた。せっかくだからと帰りは遠回りをして、見晴らしのよい田んぼのそばに原付を止め、草むらへ座ってその花火を眺めてた。花火の背後では夕立の雷光が瞬き、台風一過で済んだ夜空には明るい月。台風は訪れるごとに季節を進めるものだね。安定した気分のありがたさ。
2024年8月16日(金)
午前のみの通所で読書をして過ごした。台風が近づく予報のなか、運よく雨の上がったタイミングで行き来できた。休み明けか気圧のためか、なんか疲れたね……。ここ数日、過去を見つめる時間を通して、三人のじぶんたちに出会うことができた。ひとりは威嚇したりうなったりする、いちばん年かさな若いおおかみ。放っておかれてみすぼらしいけれど気高いから、毛並みを整えてあげたらうつくしくなると思う。ひとりは子ぎつね。いちばん幼いけれどいちばん安定してる。よくも悪くも、優れていることへのこだわりと暴力への恐れを持ってる。ふたりの重なり目にいたのは涙をこらえて怒っているうさぎ。苦痛な場所に閉じ込められたまま、こんなのはいやだと暴れて、その思いをずっと伝えてくれてた。やっと出会えたこの三人が愛おしくて、ずっと抱きしめてあげたくてたまんない。ここからはみんな一緒にいこうね。もはやじぶんはじぶん自身ではなく、さまざまな思いや価値観、感情や記憶といったものの寄せ集めというか複合体というか生態系というか、そういった感じがする。そして、じぶんたちが求めてきたものをいまのじぶんなら与えてあげられる、守ったり世話して一緒に過ごせるという気もする。きっと機が熟したそのときがいまということなんだろうけれど、これまでのことが一度に反転するような契機はときにはあるものだね。
2024年8月15日(木)
居室をしっかり掃除したのち身繕い。夕餉のあとはじぶんのことを書き出す作業のうちに過ぎた。充実度として三百点くらいつけたい日。気持ちはおだやかだし、日付が変わる前にベッドへいこう。
2024年8月14日(水)
洗濯ものをしたり、雑誌を読んだり、アイロンをかけたり。『ジュリエットからの手紙』観た。『ロミオとジュリエット』の続きのようなお話。原作を読んでいるとより楽しめるのだろなーと思いつつも、終始あたたかい安心をくれる展開が心地よかった。途中の「ハッピーエンドを信じてる」というせりふがその後の展開を予感させてくれるところもすき。こんなラブストーリーならいいかもねとがらにもなく思えたのは、人々の描写に物語らしさのある気品を感じたからかもしれない。昔の恋人を探す老婦人役、ヴァネッサ・レッドグレイヴというひとの佇まいや表情がよかったなー。すこし夜更かしするつもりで本でも読もう。
追記:
思うところがあって大昔の創作物を読み返していたら曲の名前がメモしてあった。それ、印象だけ覚えてて手がかりもないままずっと探していた曲だった。自分とはどこまでも出会っていけるね……。
スラヴ舞曲集第1番ハ長調 op.46-1
2024年8月14日(水)
午前中は産直やスーパーなど回り、ついでに通所先へ立ち寄って書類を出した。ひと月ほど前にもう届いてるはずでしょという扱いだった書類についてわざわざじぶんで市役所へ電話したら翌日発送できると思うという返事があり、まあみんな忙しいのだろうからと思ってのきょうのそれ。スタッフさん側の仕事の進捗には関わるけれど、休んでいる側としてはべつに後日でもよかったことで、こうした気を利かせる必要はなかったかもね。夕方はカメラを持って市街地をすこし歩いた。隣町の方角に真っ黒な雲と低い雷鳴を認めたので途中で切り上げ帰宅。気持ちよく本を読んで夜更かしするうち三時を過ぎた。夜の暗がりをのんびり居心地よく過ごせるのは久しぶりのことで、たぶん身体を動かしたのが効いてる。気持ちが楽なためかきょうは雑記をざくざく書きつけている感じがする。
2024年8月12日(月)
刈り払い機で午前中はうちの周りの草刈りを、夕近くからは芝刈りをした。飛び散る草とその汁まみれになり、飲みものをいくら飲んでも汗となるような作業だった。お盆中の懸案はひとまずこなしたから、あとはのんびり過ごそう。
2024年8月11日(日)
産直で野菜と初物の梨を買う。野菜は焼きびたしにして夕餉に。夜はわずかな雲のすき間から早めのペルセウス座流星群を見た。星が瞬くのって綺麗だと思う。流れ星が三つ四つ薄雲の向こうを流れたあたりでベランダから撤収。冷蔵庫で冷えている梨を思い出してお腹が空いてきた。