2020年4月10日(金)

宵のころ、ひとりで刺身をつつく際にお茶を淹れたら、急に人心地の着く感じが出た。こ、これは、世界の見えざる金のフォーマット、の一つに気が付いたのでは。つまり、お茶を用意することで場に生まれる雰囲気というものに。実感が湧くことへの感動があったんだけれど、こうして書くとギャグだね。

福田知事はきょう、県民に外出を控えるよう求めたとのこと。とりあえず22日まで。記事のほかニュアンスも確かめようと思って、その臨時会見の動画を下野新聞のサイトから再生すると、言葉にも特に表現揺れはなく、シンプルで適用範囲の広い要請だった。写真撮影や山菜採りは止めようかという気がしてる。玄関から野外へ一直線とはいえ、他者の感情を刺激するかもしれない。

2020年4月9日(木)

桜が散り始めるのはいつ頃になるんだろ。今年は山菜を採るなら来週末以降かなあ。山菜採り のページを見ていると見覚えありそうな姿がそこそこある。あけびは林床に沢山生えている場所があるし、リョウブは認識せずに視界に入れていそう。

Twitterのフォロー先な科学者二人のアカウントを見に行くと、職場で協議を受けたという内容でどちらも同じ日に、アカウント休止する旨を投稿されていた。そのあたりの経緯はこもる前にTLで見掛け、ネットの雰囲気から一時的に離れることを検討する理由にもなったんだった。

2020年4月8日(水)

日が暮れてから雷が鳴った。県南では洪水注意報が出たり、雹も降ったそう。ファミリーマート限定らしいタリーズのジャスミンミルクティーはジャスミンの香りがほどよかった。レジに立つ人たちに頭が下がるなら店を利用しないことが一番なのだろね。FeedWatcherやTwitterの刺激にはすんなりと慣れた。

2020年4月7日(火)

このサイトのフッターにも使ってるメインのメールアドレスが容量いっぱいになっていた。ぷららの要件には、メールボックスの容量を2GBから無制限に移行することはできるものの、メールの保存期間が直近二ヶ月になってしまうと書いてある。仕方ないからGmailにアーカイブさせたのち適宜削除、というつもりでいま読み込みをさせてるのだけれど……件数が多いせいで一日か二日掛かりそう。何年も前に「メールでそう何ギガも使うわけないよ」みたいに書いた記憶があるけれど、現実になってるよ。デスクトップでの受信はnPOPQという、「フロッピー一枚に収まるメーラー」という触れ込みだったソフトが現役。自作PCにはもっと新しいクライアントを導入しような。

「情報から離れたら心に変化は起きるだろうか」ということを試して一ヶ月経った。その間に祖父が亡くなったり、本の処分や大掃除をしながらも、全体としては普段と変わりなく過ごした。教訓的なものを得ようとはあまり期待していなかったし、積んでいた本を読めたらそれが収穫だと考えて、おおむねそうなった。たぶん、このことから強引に結論を引き出す必要はないんだと思う。無駄にも思えるこの精神のリソースの空きは、今後もそれとなく確保していくつもり。明日からオンラインの生活に戻り、情報端末の画面にも再び向き合っていく予定。正直に書くとTwitterが気になる。

2020年4月6日(月)

神社のある高台から夜桜と町とを眺めていた。木陰の向う側で市街を見下ろすそこは、コンクリ製のテーブルと椅子が置いてある小さな空間で、暗い街灯が一本立っている。訪れる者にふわっと滞在を促すようで好きな場所だ。桜は明日あたりから本格的に散っていくところのようだった。受粉を終えて濃い色へと変わった花弁は、昼ならその美しさの少しくすんださまがよく目に付いたんだろう。煌々と月が照り星の少ない春の夜空は、街明かりのためか砂塵なのか、遠く南西の方角が夜目にも霞んでいた。そちらの地平線に沿った送電線の、赤くゆっくり点滅する航空障害灯の連なりが、視界の中で確実に呼吸するもののように、安心感をまとって見えた。そうしてふっと思い出す。2011年から翌年にかけ大阪で生活していたときも、部屋の窓から見える夜景のビル群に赤いランプが点滅するのを、ぼーっと眺めたりしていたんだった。そういうの、風景が脈打つようで飽きなかったな。しばらく突っ立っていると、男性の二人連れが談笑しながら後ろの歩道を通り、足もとの石段を下りていった。例年通りまだ肌寒い夜風や、人通りのない路上を往く車の音に、満たされるような侘びしさを思う。

NHKR1によれば、政府が明日、緊急事態宣言を発表する予定だとか。社会機能を維持する、なんて言葉を今日はラジオで二三回聞いた。疫病は今後更に流行るだろうけれど、治療薬やワクチンが流通するまではなおのこと、風景を楽しめる心の余裕は持ち続けたいなあ。

『ムーミンパパの思い出』を読み終えた。なにかに呼ばれて海岸へ下りていく、みたいにパパが最終章で言及した「魔法の感覚」って、一家のお話としては最後の『ムーミンパパ海へ行く』で、ムーミントロールに受け継がれていることが当り前みたいに描かれてる。

2020年4月5日(日)

物置代わりにしていた空間を掃除。一部屋増えた。情報を閉ざしてるいまの状態は八日に元へ戻すつもり。机の上のスイカズラの葉が元気ないような。

2020年4月3日(金)

桜の写真を撮った。神社では朝と正午過ぎの二度、日の光の角度が変わるのを待って試したんだけれど……今年の桜は目で見て楽しむのがよかろ。いまの状況だと野外に出掛ける後ろめたさがあるかも。郊外の観桜スポットを訪れて、桜を眺めたり写真に撮ったりする人たちの姿は、それなりの塩梅で見掛けた。リングフィットをそろそろ再開しような。wp_get_archivesを使うと由緒正しい日記置き場が作れる(メモ)。

2020年4月2日(木)

クレマチスと残りのスイカズラを植えた。『楽しいムーミン一家』と『ムーミン谷の夏まつり』を読み始める前に、『ムーミンパパの思い出』へ手をつけた。三つとも冨原眞弓さんが仰るところの夏の章にあたる。個人的に、このシリーズをこちらの季節と呼応するように読む幸せというのがあって、特に『楽しいムーミン一家』は四月から八月の末まで時間を掛けてめくっていく。ムーミン特有の透き通る光の中へ踏み出していく、寝しなの溶けるような時間が好きだ。近ごろは夕闇の青い時間が長くなってきて、いい季節が来たなあ、と思う。

2020年4月1日(水)

雨。湿度の高さで衣類がまとわりつくこの感覚って、今年はきょうが初めてではなかろうか。あしたは風が立つとのこと。桜が散るのも早いだろね。