2024年6月1日(土)

ことし初めての夕立が降った日。やはりメンタルの調子はすぐれず。フェリーや宿泊施設の予約状況を調べたり、スマホやノートPCの通信設定をしたり、こまごまとした準備をしてゆっくり過ごした。修理依頼に出したマウントアダプターは「問題なし」とのことでそのまま返ってきた。……まあ確かに兆候だけでまだ壊れてはいないよね。担当者名が変わって対応も変わったと感じていたから、そういうあれだと思って退こう。旅のさなかに壊れないよう、取り扱いには気をつけることにする。ここ数日は夕方になるとしびれを感じて具合が悪くなっており、以前にもあったストレス性の症状かもと思う。であれば対処や解決の見通しはあるから、気にせず過ごすのがいちばん。夜更かしはよくないね。ねむる。

2024年5月30日(木)

午後まで通所。午前中は突発的に面談を入れていただいた。出発の予定が近いから六月の利用はキャンセルすることとか、ほかの利用者からしょうもない嫌がらせをずっと受けている件とか、図書館業務の実習に興味があることとか。出入り口脇のベンチで打ち明けているさなかにスタッフさんが紙へ書いた「うしろにいます」のえぐみよ……一事が万事というか、泳がされていることには自覚がないようだから、いまはあまり書かないことにするけれどさ。そして話をぼかし、ママ友とクイックルワイパーの話になったり。ともあれ伝えておきたかったことをお伝えして気分はいくらか軽くなった気がする。ありがたいことだよ。うちへ帰ってきてからは周りと庭の奥の草刈りをした。それについては出発前のタスクというよりは春先からの懸案だったし、この先数日の台風で雨がちな予報もあり、なんとかきょう腰を上げてすっきりでき、よかった。旅先へ持っていくつもりのテントとシュラフが使えるかどうかを取り出して確認もしたのだけれど、まだまだ現役です、という生地の手触り。これらの装備は高校生の夏、自転車旅のため親に買ってもらったもので、その後もときおり遠くへ行く際に役立ってくれたのだった。いっしょに購入したチタン製マグはいまも普段使いというか、今朝もそれでインスタントコーヒーを飲んでた。節目節目で過去と断絶気味のじぶんにしては意外なくらい物持ちのよい枠。やはりおなじとき手に入れたZIPPOのガスランタンも今回持っていくつもりで、マントルを取り付けて空焼きした。さいわい関係のないメーカー製でぴったりサイズのマントルがあり、明るさはともかく雰囲気のためなら使いでがありそうねというところ。なんか気疲れしたようだからこれ以上夜更かしせずに眠る。

2024年5月29日(水)

シャツにアイロンをかけたり、旅に要りそうなこまごまとしたものをポチったり。昨晩はGoogleマップで北海道沿岸を辿り、気になる景勝地や散歩コース、自然公園などをざっくり拾ったのだけど、それだけで四、五時間かかった。北海道在住の方からは「縮尺間違ってるのではというくらい目的地に辿り着かないことがある」と伺い、早くもそれを実感しつつある。航空写真のマップで移動するだけでも土地の雰囲気が移り変わって不思議な感じがした。道南はもこもこした植生のためか、本州の山地の海沿いと似た印象。道央は都市圏とそれをつなぐ地方都市がつくる、居住地の広がる印象。道北は日本海特有の厳しそうな雰囲気と道のまっすぐさ。そして道東はイメージの中にある北海道という感じ。直線で区切られた広大な畑や、茫洋としたオホーツク海や太平洋の空気、草原や牧草地の多さ、肩を寄せ合うように現れる人家、そしてどこまでスワイプしても地図上で移動していない感じ。あくまで海沿いをスクロールしただけの印象なのだけれど、にわかに旅のディティールが立ち上ってきた気がした。あとで道の駅/キャンプ場/コインランドリーをピン留めしたリストもつくろう。じぶんに一周できるの? という疑問はあるものの、一歩踏み出せればあとはなるようになるのではと思う。一年前の東北旅行の時も、確証がないなりに発った点ではおなじだった。あすは通所があるから日付を越える前に眠る。

2024年5月27日(月)

あすは激しい雨が降るとの予報で、そうなる前に洗濯物を干したりマウントアダプターの修理依頼と発送を済ませたりした。午後の空は落ち着きなく雲が流れていたけれど、日が沈むころには風が止み、夜のいまは大気がとても蒸し暑い。『画家と庭師とカンパーニュ』観た。すぐに言葉にしなくともよい気がする映画だった。都会から故郷へ戻ってきた画家と菜園作りのため彼の雇った庭師が、じつはかつて学校の友だち同士だった、というところから始まる物語。華やかさはあるけれどあまりうまくいってない画家と、地元で就職し家族と幸せに暮らす庭師の交流で……。学校でのいたずらを機にその後の歩みが別れたふたりの暮らしの差が折に触れ描かれ、じぶんにはないものを互いに見て複雑な思いを抱くところは、視聴しているこちらも心当たりが多かった。徐々に尊大さが表れてくる画家の言う「友だち」ということばにひりつくものを感じたり、ときおり眉をひそめながらも付き合っている庭師にひとのよさを感じたり。画家が大麻を吸いつつ暴言や愚痴をこぼす場面があり、耐えかねた庭師は「すこし外に出よう、穴ぐらで毒吸ってないで新鮮な空気を吸え」と相手を菜園へ連れだすのだよね。じぶんだったらこうした状況でこうした思いやりは持てるかなと考えてしまった。庭師の小さなバイクをわんこが追ってくる場面が何度かあり、こういうのありそうと微笑ましく思ったりした。じぶんもすこしは庭いじりをするから、二人それぞれで異なる庭や菜園への眼差しを味わい深く感じる。空をゆく雲の落とす影が日ざかりの庭を流れるような印象の、やさしくじんわりする映画だった。すぐに言葉にしてるね。。。あすはうちでなにもせず過ごす予定。基本的に気象の変化が楽しい性質なので、危険がなく出かけずに済むなら激しい雨にも期待と心地よさを感じる。それとは別に、月末にかけて台風1号が接近するため雨がちの天気になるそう。空模様を見ても、初夏から梅雨へ切り替わるあたりにいるんだと思う。

2024年5月26日(日)

買い物のついでにホームセンターを回り、しっかりした青じその苗四つを購入、帰宅後に菜園のそばへ植えつけた。勢いでいちじくを鉢へ移し、ヘーゼルナッツ二種類を庭の奥へ地植えにして、ベランダの鉢のくちなしは土を入れ替えた。くちなしはいつになっても花がつかないなあと思っていたのだけれど、もっか葉焼けしているのを見ても察したとおり、株が根詰まりを起こしていた。ひょろっと伸びている感もあったから枝先は多少剪定。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』観た。キューバ音楽のドキュメンタリー。よく知らないまま雰囲気が気になり手を伸ばした作品だった。キューバの街並みの夜のようすや、建物内のひとけのない廊下、中庭の観葉植物の雰囲気なんかが魅力的で、演奏家ではなく異邦の景色に目が行った。こういうところへ足を運べたら楽しそうね。

2024年5月25日(土)

午前のみ通所。のち何件か買い物をしてから残りの用事に気づき、NPOさんへジェラートの味見に向かった。たまたまボッチャというスポーツの日だったらしく、おそらく実習生さんたちを含め思いがけないほどの参加者がルーフバルコニーに集っていた。そこで顔見知りの方に軽く挨拶し、探していたスタッフさんの行方を聞いたのだけれど、そのときの感覚が忘れがたいものだった。その場面が川面のように揺らいで流れていく感覚。あるいは流れていくのはじぶんだったかもしれない。見知った複数の顔を視界の中に捉えながら、「もうここへ立ち寄ることもなくなるだろう」という直感があった。「ここは居場所ではなくなりつつある」という自然な了解というか。じぶんが活動の重心を変えているあいだに、当たり前ではあるけれど、そのNPOさんの場にも利用者さんの入れ替わりや循環は続いていたのだった。それらは一瞬のうちに感じたことで、お礼を言ってすぐにスタッフさんのいる工房へ向かった。タイミングよくもう一人の利用者さんもいらして、前回製作したジェラートを味見した結果、花椒フレーバーははちみつ入り+アイスクリームメーカーで攪拌がよさそうという話に。次回の製作予定が再来週なことを確認してお開き。あの場所を何度も振り返るように思う、すぐ次の目的地へ向かって見かけなくなるひとや長く逗留するひと、さまざまな人生の時間の流れがわりと目に見えるかたちでそこにあった。じぶんはゆったり活用させてもらったうえで発っていくタイプかなと思うけれど、見知ったひとたちを追い越していくことへの一抹のさみしさは感じる。かなり前にとある利用者さんがおっしゃっていた「いずれはみんなここを卒業していけるといいんだけれどね」という言葉を思い出す。そのあとは園芸店や郵便局で用を済ませ、あとはうちでのんびり過ごしていまにいたる。郵便局ではATMの利用時間を過ぎていたのを隣の家の方から伺い、市街のほうなら開いているよと教えていただいたりした。『軽蔑』観た。余裕なふりをしているけれど傷つくことを怖れて妻を愛せない小心者の男と、それを見抜いていらだちをあらわにする女、そしてまあなんというかこんなのに伴侶が寝取られるのをむざむざ見逃すとしたら軽蔑されるよねみたいな間男、それぞれの悲劇。最後まで観たものの、じぶんはこういうの好みではなさそう、という低めの感想に落ち着いた。深みがあってさまざまに読み解ける作品なんだろうけれど、こちらは性愛が絡む男女関係のもつれみたいなのにはまるで受容体を持ってない。そういうのも含めて映画よね。しばらく休息の日に入るから時間を気にせず眠ることにする。

2024年5月23日(木)

きのうのネガティヴさは疲れも大きかったようで、一晩眠ると気分は晴れた。とはいえ身体に残った疲労は深く、なんとか通所はしたものの、周りの方から見てもその感じは伝わったらしかった。あすも体力があればよいのだけれど。ジャンル開拓をしたくて手に取ったエル レクエルドというメスカル(リュウゼツランでつくるお酒のテキーラの、さらに幅広い呼び名)が舐めれば舐めるほど美味しく、あっこれ扉が開けるやつだと変なかおをしていた。第一印象は薫香。ウイスキーのような感じ。味わうにつれ大地っぽさや植物の緑が感じられ、やがて舌が甘さに囚われている。酒びんの底には芋虫が一匹沈んでいた。一部のメーカーにそういう慣習があるのだとか。日本酒でもワインでも、あるいはどんな趣味でも、その分野になにかひとつ自分に合うものが見つかると、そこを起点にして好みを広げられるのだよね。メスカルやテキーラには開拓の余地がじゅうぶんあるなあ。