避難所にしそうなところ(随時更新)
Twitterになにかあったときのために。拠点はおおむねこのブログ。
- Bluesky – 最近はこちらを覗くことが多め。
- Misskey – Coffee Break
雑記置き場ができたため、Wordpressへのアクセスはそのうち制限することにしました。
日々の由無し事を書いたり、写真を撮ったり、まれに創作小説を書いたりもしています。
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雨のため通所はおやすみ。街中をうろつくためのショルダーバッグをネットで探し、ポチった。うちの仔たちふたりといっしょに行動するためのもので、目立たないほうがよいから愛想のない黒のナイロンのものを。なにかについて語られるとき、勇気がある/ないというよりは、分からないことには不安で身がすくむというほうがより正確なのではと考えていた。旅立ちを迷っていたリフラというひとは、雨雲の連れてきた予感と渡りウサギの「じぶんの目で確かめたら」という言葉を契機にして、町を出るんだよね。分からないことへの反応ってひとつではないのだね。分からないことはその先になにかがあり、それによって別のなにかが新しくなる期待、予感も隠し持っている。予感と好奇心で動くときにはものごとが色彩と意味を持って立ち上がってくるはずで、それはそのときそうでなかった渡りウサギからもくみ取れることだった。いま分かったのだけれど、渡りウサギは一杯の水のお礼を、結果的に彼女の好奇心に火を付けるというかたちで返していたのだなー。……アクリルについてのこういうあれこれはふだん紙に書き出しているから、ここの雑記へ内容があがってくることはないんだよね。あすに備えつつのんびりする。
通所はおやすみした。めんどいながらも旅行に要り用な品をAmazonでポチったり、分からないことをChatGPTに訊いたり。きょうのぶんは進んだねという感じ。本と音楽をどうしようかということで、松任谷由実とパットメセニーグループのアルバムを中古で何枚かずつポチる。本は積ん読から探せばよかった。レイチェル・カースン『われらをめぐる海』、常見藤代『女ひとり、イスラム旅』、蔵前仁一『旅ときどき沈没』、あと日に焼けたジャム詩集、のあたり。ライアル・ワトソン『風の博物誌 上』とダンピアの最新世界周航記もよいな……。こうした状態はじぶんで思うよりも幸せなのだろう。わくわくもすこし感じていることだしね。
あまり調子がよろしくなくておふとんで過ごした日。気持ちが萎えているからあすはおやすみということにして眠ろう。そういうの大切。