イナカの灯台

since 2010/06/27更新中……RSS

更新履歴

WordPressの読み込み用テンプレ作りが疎かになってます。雑記はこちらのリンク先にてひとまず見られるようになりました。

更新履歴
2017/11/30
ドメイン移管及びレンタルサーバーの乗り換え
2017/09/20
このサーバーの片隅でボソボソ付けていた日記を過去の雑記としてアップロード、その他細かい手入れなど。あんまり放置してしまったので、今後は小まめにサイトを弄っていくと思う
2013/06/18
ブックマークにリンクを追加。スタイルシートの挿し替え。
2012/01/12
ドメイン変更の為のお引っ越し完了。

このサイトについて

日々の由無し事を書いたり、写真を撮ったり、まれに創作小説を書いたりもしています。

メールフォーム

NAME
MAIL
MESSAGE
SEND

雑記

2018年10月23日(火)

柚が色づいていく。

「ムーミン谷の十一月」を今年も読了。どうだろ。そろそろ、ムーミンコミックスを手に入れる準備でもする? クリスマスの贈りものなんかにしてさ。

2018年10月21日(日)

名月だけあって月が明るく見やすい。

荷馬車の一行はその日、分水嶺と国境を越えるつもりで、山脈のふもとから延びる街道を縫うように移動して高度を稼ぎました。

山肌や森から尽きることなく湧きだす霧が、荷馬車の周りを灰色の幕で覆ったり、かと思えば翻って陽光が差し込んだりしました。また、日中の風は山すそから熱気をはらんで立ち上っていきましたから、荷車の一行にとってその日はずっと追い風だったのです。

家具やわらに日用品といったものが積み込まれた荷車には、メトロノームを背負ったメルツェルが腰を下ろして、これから向かう先をきょろきょろと眺めていました。分水嶺を越えた遠く向こうには、青く広い海が見えるはずでした。

その晩は、新月へ向かう月が空の高いところにあって、静まりかえった街路や物陰を、そのほのかな明かりで照らしだしていました。

夜更けの街では人もものも、昨日のことはまどろみの奥深くへと仕舞い込んで、こんこんと休んでいるのでした。

一方で、眠れぬものたちはどこか輪郭がぼやけたまま、降り注ぐ月の光とはい上がる闇とのあわいを縫うように彷徨いました。

月の光がほとんど届かない街の深いところでは、暗闇は水底のように重く満ち、しかし全くの静寂には今一つ届かないような、覚醒を抱えたものたちの潜める微かな息遣いがありました。

もしそこで感覚を澄ませたなら、闇そのものも粒子のごとく遊動していることが分かったでしょう。

波止場から見る海は凪いでおり、ぴちゃぴちゃいう控えめな波音とともに、潮のゆっくり満ちてくる様子が見て取れました。

水平線の向こうまで続くあかね色や紺碧が、それぞれの方角ですみれ色に向かって限りない階調を描き出し、しかもそれらは刻一刻と、宇宙まで続いている黒に染まっていきました。

彼女は桟橋の手前で当り前みたいに突っ立っていました。

夕暮れを背にした波止場の往来を眺めたり、積み卸しや海鳥の喧噪に耳を傾けたり、そよぐ潮風を嗅いだりして、そこにいることをひとりで楽しんでいたのでした。

感覚を感じるままの手放しにしておくことは彼女の良くやる遊びでしたから、人からの干渉を受けない限りは邪魔もせず、退屈もせずに過ごせたのです。

そのうちに夕陽はほとんど海の向こうへ沈み、水平線は一瞬のあいだ、真っ赤な火柱を映しました。天球からこがね色が失われ、彼女の視界に入るものは急速に青みを増し、辺りは眠たいような温度とやわらかな影に包まれていきました。

ちらほらと宵の空に、一番星、二番星と星が現れ出し、船が漁り火を点して続々と沖へ出帆を始めるころ、彼女はおもむろに桟橋から離れると、軽やかに人の波に乗って、その日の宿がある繁華街へと歩いて行きました。

2018年10月19日(金)

虫の声がまばらになってきた。地元のアメダスは明け方に10度を割り込むようになってきてる。

上手く行けば明日午前十時ごろに、ベピコロンボ計画の船を乗せたロケットが南米から打ち上がるとか。

2018年10月16日(火)

2019年にWinampが今風の機能を備えバージョン6として復活する、という記事を見かけた。Winampは手元のデスクトップで音楽を聴くのに現役なため(確認範囲でVersion5.666が最新版なはず)、思ってもみなかった光がにわかに差し込んできた感じがしてる。個人的に音楽ファイルフォーマットをFLACで統一しており、Pro版を導入したりプラグインを入れたりでFLACの再生やリッピングにも対応してくれているのが、今なおWinampから他所へ移れずに使い続けている大きな理由だなあ。以前に音楽に詳しい人との話で、Winampが生き残っているのはUIの設計が優れているんだろう、ということを聞いた覚えがある。

一時期はiPod nanoを使っていたのだけれど、iTunesは挙動がもっさりしていて好きになれず、また頻繁なアップデートも煩わしかったりで、いつしか手が離れてしまった。バージョン6はそれに対抗できる全部入りなんだろうか。

あまり関係のないところで、Android端末では音楽再生にPowerampの有料版を利用してる。

2018年10月13日(土)

東武宇都宮で開催されている写真展、岩合光昭の世界ネコ歩き2へ。ヴィーナスの誕生そっくりのポーズを取っている猫や、マフィアのような雰囲気の猫など。どちらかというと暖色寄りの発色をした写真が多く好感を持った。猫と風景が馴染んでおり、日付変更線を逆に辿る展示もテーマに沿っていてよかったのではないだろうか。

ついでに文具売り場にて、一日一ページの構成になっているノートを探すも、目ぼしいものが見つからなかった。来年まで時間はあるし、最寄りでもっと探そう。その後、バイク店にてメットを見繕い、帰路。

2018年10月12日(金)

友達の「大切なものほど近くにあるからなあ」という言葉に、メーテルリンクの青い鳥のようだと返す。石造りの遺跡を探訪する夢を見る。

2018年10月11日(木)

中島らも『永遠も半ばを過ぎて』を受け取る。そういえば一昨日に、同『今夜、すべてのバーで』を読み終えていた。読んでいてときおり鋭い指摘に悶えたりしたものの、らもさんの特徴は柔らかい文体にあるのかなーと薄ら思う。

2018年10月9日(火)

Google+が来年八月末までにサービスを終了するとか。

2018年10月7日(日)

蒸し暑く、日がな強風。夕刻の散歩が心地よかった。

2018年10月5日(金)

このサーバーの設定にて、ドメインロックを有効にしていなかったためにスマホから閲覧出来ずにいたのを、なんとか特定して解消(したつもり)。

BayakaのImaginary InquiryはCDの購入履歴の中では非常に初期のものなんだけれど、薄闇と艶やかな音が交錯している情景は、何度聞き返してもまぶたに鮮明に浮かんできて、とても良いね。

2018年10月4日(木)

「ムーミンパパ海へ行く」を今年も読了。これから「ムーミン谷の十一月」をかじるように読む。

2018年10月3日(水)

山の上の木々は色づいてきていると聞く。

自覚しづらいことにメンタルがまたやつれてるみたいだ。自分の心というのは分からないなあ。でも、猫手術をした三月くらいからこのかた、先が見通せない感じを抱えていやしないか。

2018年10月2日(火)

石油ストーブの試運転完了。日中の暑さが失われてくると、身体が冬ごもりの準備に入るというか、内側に向かってゆっくり閉じていく感覚を覚える。

2018年10月1日(月)

おのれ台風め、鏡の如く磨いておいた窓にべったりと埃をなすり付けおって。

MastodonライクなMisskeyに@solologue@misskey.xyzなるアカウントをこしらえておいた。活用するか未定。

2018年9月30日(日)

今夜には台風が通過していくとか。

2018年9月29日(土)

ものすごくやる気がないまま過ぎ去りし日。

2018年9月28日(金)

明け方にたいそう冷え込んだ。去年もちょうど今ごろに奥日光で初霜初氷があったし、九月末というのは急速に冷えを感じる季節の曲がり角なのかも知れない。いつでも石油ストーブを出せるよう場所をつくっておいた。

2018年9月26日(水)

叔父と祖父とで回る寿司へ。

2018年9月25日(火)

日中は雨降り。唐突に煮こごりを作る。

2018年9月23日(日)

お彼岸につき墓参りをした。

秋のふざけた害虫が陽の当たる窓辺に張り付いているのを見つけ、用意していた忌避剤をサッシの凹凸面や網戸へ、念入りに塗布する作業に取りかかった。そのスプレー缶の中身はすぐになくなってしまい、Amazonで再度注文。ついでに明日か明後日、窓磨きもする予定でいる。

ひとりになった祖父は居室の様子を「静かになった」と表現していた。

2018年9月20日(木)

葬儀全部お終い。別に悲しくないのは現在見ている心理の変化の通りなのだろうか。祖母との告別式にて、わりと明確に「旅の途上の無事」を祈る。

あ゙ー明日は日がな雨らしく(いま降ってる)、気温や湿度や、金木犀香り彼岸花咲くような季節の移ろいが、とてもよろしい。だらけるに限る。

2018年9月19日(水)

祖母の通夜お終い。ああ、親戚ばかりで気を遣うなー。でも悲しい湿っぽい葬儀というのではなかったように思う。明日は尺がより長いし、人ももう少し来るようだから、貯めごろごろしとこ。

2018年9月18日(火)

日が落ちた野辺のかぐわしいこと。金木犀/焚火/稲の藁。夕空も虫の音も美しい。

ジョギングの歩幅を伸ばしてより跳ねるように走ると、身体にリズムが生まれるようだ。今はすぐに息切れするから、一度に走れる距離は徐々に伸ばしていこう。

葬儀の受付は祖母の近所の人たちが担当することになったとか聞いた。

2018年9月17日(月)

礼服を買う。家族葬に関する通夜と葬儀の予定表をコピーしてもらった。兄弟・従弟と共に葬儀の受付をしたり立ち続けられない祖父の相手をしたり、何やかやの役割が勝手に舞い込んできており、げんなり。とはいえ後者には、祖父に最も懐いている孫が僕である、という判断があったのかも知れない。今日と明日のあいだに体力を温存しておく。

2018年9月16日(日)

寺の空き具合等を考慮したらしく、十九日大安の日に通夜、翌日葬儀と日取りが決まった。今日は祖母の部屋の片付けを手伝い、服の買い出しは明日若しくは明後日に。

生きてる実感ていうのは、僕に限っていえば日々の記憶の連続性なのでは、と雑な思考が浮かぶ。この雑記もそれに荷担しているわけであるよ。

2018年9月15日(土)

午後八時ごろ祖母が亡くなった連絡を受け、病院にて親戚の顔合わせのようなものをしてきた。祖母は最期に苦しまなかったようだと聞いたし、先週に会ってなんとなく察してはいたから、今のところ衝撃的な悲しさといったものはない感じ。一親等の人たちが今夜から各種手続きや葬儀で大変そうだ。明日、喪服を買いに行く。

十年くらい前からCDで持っていた中村中の「風の街を捨てて」を最近よく聴く。このシングルのもう一曲「汚れた下着」が思い出深かったある時期も少し、思い出すなあ。

2018年9月14日(金)

オイル漏れしていたスクーターはとうとう、燃料ポンプという部分が壊れたようでエンジンが掛からず乗れなくなり、止まったその日のうちに廃車となった。ここへ来てから八年間お疲れさま。それから祖母が熱を出したらしくて、落ち着かない。

2018年9月13日(木)

祖父母宅を訪問。お盆にはこたつの前にいた祖母は現在、介護ベッド上で寝たきり状態になっており、言葉を喋るにも喘ぐ様子だった。僕はにこにこしているのがよいのだろうけれど、正直なところどんな顔をして祖母と対面したものか、かなりな戸惑いがあった。この戸惑いに慣れることは無さそうだ。いま申請している祖母の介護認定がそれなりであれば、ヘルパーさんを呼べたりデイケアを利用できたり、周囲の負担が軽くなるとのこと。

僕の場合、身近な人が去っていくのは、二十年前の父のとき以来になるんだろうな……。いや、この七月には猫のことがあったか。あのときは腫瘍の摘出自体は上手く行き、その説明を受けつつ安堵から僕は幾年分も泣いた。

それはともかくして、敬老の日が近いから祖父の好物な鮎など持っていったのだった。

関係のない話で、夜の街明りに紛れて散歩やジョギングがしたい。不審者と思われるのは不本意だし、懐中電灯のほかに反射素材の何らかも揃える必要がありそう。

BEASTARSの9,10巻を一気に読んだ。青少年の王道らしい展開を踏んでいながらも着地点が全く読めなくて、わくわくするなあ。それにキャラクターたちが描かれながら成長していて熱い。

ディエンビエンフーtrue endの3巻が刊行されたとのこと。途中で黒歴史化が行われたり掲載誌を放浪したりで、物語冒頭のあの爆破シーンへ辿り着くまで、とてもひどい難産(サバイバル)だったと思うなあ。やっと終わった物語なればいずれ粥のように読みたい。

2018年9月12日(水)

半数ほどの田で稲の刈り取りが済んだみたいだ。日没後の農道を走りつつ、収穫月の藁の匂いを胸一杯に吸い込んだ。

ここしばらく過ごしやすい気温が続いており、ココアのぬくさが身体の奥へ伝わっていく。コンビニにおでんが並ぶのや、スーパーにハロウィンのかぼちゃが展示されているのなどを見て、気が早いなーと思う。

2018年9月11日(火)

気分の悪さを解消しようと、歩いたり走ったり。夜風がとても涼しい。明朝には最低気温14度の予想が出てる。

2018年9月9日(日)

祖母のことで、いずれは喪服のことを考える必要がありそう。

2018年9月8日(土)

二日酔い。髪を切った。

2018年9月6日(木)

明け方から北海道にて最大震度7の地震があった。大規模な停電が継続して起きているらしく、余震を含めて僕は様子見してる。

八月十九日に訪問しそこねた、八方ヶ原や八方湖・大間々台展望台を、原付でてろてろと見て回る。白樺の目立つ林道脇に見えたのはシロオニタケの一群だったろうか。八方湖湖畔は、訪れるたびに世界の果てを感じる場所だ。効果音を付けるとすれば銭湯で響くあの「かこん」かも知れない。クマ出没につき注意といった看板に恐々としながら、果ての空気をたんまりと吸い込んだ。

その後、山の駅たかはらを覗いてから大間々台の展望台へ向かった。おそらく周辺域の登山目当てで来たのだろう、まばらな来訪者のひとりが展望台下のベンチでカップラーメンをすすっており、そりゃあ美味いだろなあと内心独りごちた。

そして帰着。りんご団地はまだりんごの販売営業をしていないようだった。窓の外からはアオマツムシのりーりーいう声が大きな層を作って聞こえる。堅くて歯ごたえのある紅玉を食べる機会があればよいなあ。

2018年9月5日(水)

日暮れの散歩を再開した。情けないことに、盛夏のあいだは熱気に負けて散歩をサボっていたのだよね。やっぱり一時間ほど歩くと体調が良くなる気がする。そして、情感の働く余地が増えるように思う。後者目当てでこの運動を続けることにした。

ワーナーミュージックのFUSION BEST COLLECTION 1000の面々をSpothifyに見つけた。層が厚いからしばらくはSpotify漁りでやっていけそうだ。

それから、祖母の容態が変わったという話を聞いた。ここ一ヶ月くらいで状況が転がるかのように悪化してる。会えるときに会っておこう。

2018年9月4日(火)

台風が通過中。家屋の屋根が飛んだとか、広域で停電だとか、ラジオから様々に気象情報が入ってくる。

灯台設置150周年記念の灯台切手とムーミンのシール切手を購入。『ムーミンパパ海へ行く』だねえ。誰かに送りたい。

2018年9月1日(土)

GISの植生図をGoogleEarthで読み込めるようになり、コナラなど目ぼしい森林の位置も見当が付きつつある。あとは装備を整えて、天気と相談をしながら分け入ってみればよいのではないだろうか。台風の雨ではきのこは出てこない、みたいなことを祖父が言っていた記憶がある。

2018年8月30日(木)

昼下がりに暴風じみた夕立が通り過ぎた。

2018年8月29日(水)

川上ミネさんの『ピアノが奏でる七十二候』を入手した。朝四時台のラジオ深夜便で冒頭によく流れていたもので、いつかこのCDを通しで聴きたかった。

暗いうちはエアコン要らないかもなー、という程度にまで朝晩の気温は涼しくなってきた。今日の日中など、蝉の声は耳にしなかったのではないだろうか。

春先からかじり読みしていた『楽しいムーミン一家』を今年もまた読了。普段の読書のほか、秋いっぱいは『ムーミンパパ海へ行く』と『ムーミン谷の十一月』をかじる予定。

2018年8月26日(日)

宵の空、宇都宮方面に、積乱雲がばしばしと瞬いていた。

2018年8月24日(金)

シェントウジャンの季節なり。

2018年8月22日(水)

そういえば土曜は鮎の釜飯や刺身を食べたのだった。

2018年8月21日(火)

昨晩はロケットストーブで焚火をした。ぼうぼうと低い音を立てて吸気するストーブからまろび出る、木炭の赤い炎を眺めていた。

2018年8月19日(日)

山の空気を吸いたくて八方ヶ原を目指したのだけれど、ふもとから山の駅たかはらまでの区間で自転車レースが開かれていたらしく、目的の道の1キロくらい手前から通行止めだった。そこで予定を変え、もみじ谷大吊り橋と道の駅湯の香しおばらに立ち寄った。夏休みの日曜だからか、普段よりも家族連れで賑やかだった。多種多様なライダーとすれ違いつつ帰宅。

その後の昼下がりに、友達の家で「レオン」なる映画を観ながらうだうだ。

ここ数日の、湿度も気温も低く快適な気候は、明日からまた元に戻る予報。ひとさまの庭に桃色の彼岸花が咲いているのをちらほら見かけた。赤色のそれよりも親しみやすそうだなーと思う。

2018年8月17日(金)

爽やかで、一気に秋が訪れたような強風が吹く。お盆初日の産直にて、お盆に入ればもう風が違うよ、なんて話している老人がいたけれど、このことか。なんとなく市街を眺望できる高台へ向かい、年内にもう一度ここへ来られるといいなあ、なんて考える。更になんとなく、やまだないと『コーヒーアンドシガレット』を本棚から取り出した。作中の季節がちょうど今くらいだ。明日の気候も今日と似たようなものだとか。

2018年8月15日(水)

海へ。ひたちなか海浜公園のコキアを見てから那珂湊へ立ち寄り、大洗や阿字ヶ浦の海に触れる。帰り道、盆踊りのやぐらが照らし出されているのや花火大会の合図や、遠方の雷雲が瞬いているのを見た。

2018年8月14日(火)

母方の実家へ線香を上げに行き、従妹の今年生まれた長子と初めて対面した。なんか抱えられて動いているなーくらいの認識で見ていた。いずれ大きくなるのかと薄ら思う。

富安陽子『盆まねき』は、誰を向いて書いていたのが終盤の文体の変わる辺りから判明してきて、ほろほろとなった。椎名誠『全日本食えば食える図鑑』はイソギンチャクや蛇やなんか一通りの、想像していたような悪食。いま読んでいる同作者の『ひとりガサゴソ飲む夜は……』が酒とその肴についてのグルメというか美食エッセイになっていて、食い気という軸が共通しているにしてもそのビジュアルの落差はでかい。

今年10月から紙巻きたばこが増税に伴っての値上げらしく、セブンスターやピースがワンコインである500円に到達しているニュースを読んだ。そうした情報はJTのサイトにまだ載っていなかったし、手巻きたばこの価格も確認できていない。でも、僕にはもうどうでもいいよなあという感じだ。それとちょっと関連して、ヴェポライザーやモジュールのタンクに薬物を隠して所持/使用する向きがある、というのを知った。これはただ外側から見ても分からないし、摘発する側にしてみれば厄介だろな。

ペルセウス座流星群は天候がよろしくなくて諦めた。12月にふたご座があるし、気分はそちらへ切り替える。

2018年8月13日(月)

お盆初日を墓参りなどして過ごす。今週の天気はぐずつきやすい模様。明後日は天気さえ良ければ遠出が出来るかも。

2018年8月12日(日)

みかんを食す。付けっぱなしのラジオから高校野球のサイレンが鳴り響いてきた。なにか劇的な勝利をした試合チームがいるらしい。

きのこ探しをする場所を探しながら市内を流していて、僕は樹木についてなにも知らないのだということを実感した。なんだろう、広葉樹と針葉樹の雑な判別が出来るくらいで、もちろんそうした土地の実りについても不確か。樹皮で名前を判別できるように覚える。

2018年8月10日(金)

那珂川河畔公園の湿地は高地の半草原に似ていた。

夕方に訪れたらいさまは南下してなお大雨を降らせている様子。現在、しとしとと降る雨の向こうで、雷鳴が低く伝わってくる。

喪った猫サキのことを日に数度は思い出すのだけれど、日々の些事を追う毎に、穏和な記憶として呼び戻すことが出来つつあるように思う。一方で僕は僅かな物音や空いた空間に反応しがちで、その不在にまだ慣れそうにはない。

文字系創作は未だ手に付かずにおり、さび付いたハンドルに力を込めるような徒労と、ごくわずかずつ搾り取っている文章への親しみを、同時に感じる。大切なのは好きを手放さないこと、のはず。

そして今季初の梨は瑞々しかった。

2018年8月9日(木)

またも台風一過。

2018年8月6日(月)

夕暮れから驟雨があり、今こうして快適な大気の中を過ごしてる。お盆のあいだに海へ行くかも知れない。

2018年8月5日(日)

日没後、西空に音もなく紫電が瞬いているのを見た。今年の夕立は、発生自体はそれなりにあるのだろうけれど、僕の頭上を通過していくものに限っては数えるほどだ。夕立の移動経路が変わったのかも、なんて話を聞く。

福島県産の桃5kgが今夏に届く手はず。家庭用。桃ばかり食べて過ごす。

2018年8月4日(土)

道の駅へ。午前でも日が昇ったころになると人足はまばらだね。みな陽差しを避けているのだろう、早朝なら即売所も賑わっているかも知れない。

2018年8月3日(金)

夜店のかき氷が美味しかった。

2018年8月2日(木)

明日の夏祭りに友達と行くことになり、祖父からのお下がりな浴衣を洗った。

2018年8月1日(水)

そういえば昨日、祖父から「用水路に大量にいるモロコを投網で捕った」という話を聞いた。モロコというのは、少なくとも僕にとっては聞き慣れない魚だ。祖父は、琵琶湖産の稚鮎を那珂川へ放流する際、一緒に付いてきて繁殖したのだろう、と言っていた。釣り場の候補としてそのポイントを教えてもらった。「放流は生物相に影響を与えるから細心の注意を払うべき」という意見は近年見かけるもので、僕も同調する。ただ、個人的になにかするわけでもないから、近くを通りすがれば様子を覗いに行く程度か。

先の梅雨から今夏に掛けて、雨があまり降らないという話を聞く。夏きのこ、と言うか具体的にはチタケが出ないような話だ。山歩きの得意な土地っ子であったおばさんは疾うに亡くなっている。今さらその術を継承したくても永く失われてしまったし、聞く限りではほかに山を得意とする親類もいない。だから、僕がそういうことを望むなら、自力でやるしかないわけだ。ひとりで山菜採りができるくらいのスキルはあるよ……。

2018年7月31日(火)

祖父宅にて土砂均しのお手伝い等。

2018年7月30日(月)

火を見たいのだよね。ロケットストーブで炭でも焚いたものか。

2018年7月29日(日)

台風一過と言って良いくらい、午前からよく晴れた。カメラを持って雑草撮りに出掛ける。林道脇に青いノブドウがたくさん生っている場所があって、ころころした実が綺麗だったなあ。

宵から明るい月と虫の音。そういえば、台風が通れば季節の巡りも進むのだった。

2018年7月28日(土)

日暮れ時より雨になる。外の風を部屋に通していると、湿っぽさはあるけれど、冷房要らず。

2018年7月27日(金)

今年初のすいかを食す。台風接近により、明日は終日雨の予報。

2018年7月26日(木)

幾分か涼しく過ごしやすかった日。それでも日中は30度近くあり、連日の酷暑で感覚が少しずれている。宵闇から風を取り込んでいるとひんやりして快適だ。

月に一度の歯科検診で褒められた。今日はその記憶だけで十分ではないだろうか。

それから先ほど、播種して育てた赤花夕顔が一輪、暗がりの中で咲いていた。芳香が強いという触れ込みだったけれど、僕の嗅覚では嗅ぎ取ることが出来なかった。これから続々と咲いて、香りを放ち始めるのだと思う。

僕は四季の感傷を一つ先取りすることが多く、今は虫の音と秋の夜のことを考えて、胸がきゅぅとする。いつだか書いた、初夏の騒がしい闇にはなかった味わい深さ、ってやつだ。

2018年7月25日(水)

日没より霧雨。台風12号の進路予測によると、12号は週末にかけて関東を直撃するかも、という話。

2018年7月24日(火)

その時々の身体の不調くらいなら、ちょっとした運動でフラットな方向へ解消できるみたいだなー。

2018年7月21日(土)

口にするものを薄味で馴らすと味覚の鋭敏さをより感じ取れるのではないだろうか。というか、ふだん身の回りにある食品が濃い目の味付けなのでは。強い味とでも言うのか、そういうの回避してみるのいいかも知れない。

お茶の旨味や甘さは分かるほうで、口内の香りを鼻腔へ送るように舌でくゆらせ、ふかしたばこと同じ味わい方をする。

2018年7月20日(金)

汗かいた日。

初飛行に成功したというエアバスの大型貨物機BELUGA XLの風貌が、ものすごくくじらだ。空飛ぶくじら(本当はシロイルカ)。胴体の容積と比較して主翼がそれほど大きく見えないものだから、どこで揚力を得ているのか不思議にさえ見える。2014年くらいに世界最大だった欧州の大型風車V164-8.0MWも、いつの間にかアップデートを繰り返して先月、V164-9.5MWの最新型をお披露目している。頭上の航空/宇宙世界は今、とても熱を放っているのだなーと感じる。

いま、屋外にコオロギが鳴く声を聞いた。静かに夏が進行していく。

2018年7月16日(月)

何年も積んできたロバート・A・ハインライン『夏への扉』(ハヤカワ文庫)を一気に読了。カバーを無くしている……。後半の駆け抜けるように軽快な展開に加え、SFらしい胸の透く高揚感があり、読んで良かった。今積んでいる本にティプトリーの『愛はさだめ、さだめは死』があるから、SF枠だと次はたぶんこれを読むのだろうか。

枕元に二段の積み本棚を据え付けて以来、そこへ目ぼしい未読の古本を輸送するようになっている。本があるあいだは消費より好奇心が勝っているということで、たぶん精神の衛生にだってよいはず。ムーミンは今年も繰り返しかじり読みをしている。

それから、古い革靴を磨いて直そうとしたり、香を立てたり。

ゲルマニウムラジオで高校野球中継を聞くとき、耳を澄ますことで蝉の声が遠ざかり、現実離れできることを見つけた。テレビアンテナとアースに直結している今のゲルマラジオでは持ち運びが出来ない。それで、コイルを性能良く巻いて作るか、あるいはごくコンパクトにするかして、好きな場所で聞けるようなラジオを作る予定でいる。具体的には大型の木枠や小さなマッチ箱でアンテナコイルの大きさを変えてみるつもり。今のゲルマラジオはもう先の冬から、無電源で微小な放送をずっと流し続けており、そこに不思議な情感がある。

2018年7月15日(日)

暑い日が続く。

昨日は雲巌寺へ向かい、境内の中をしばし散策した。当寺は観光寺ではありません、ここで考えたり感じたことを持ち帰って下さると嬉しいです(うろ覚え)、という立て札があった。JRが雲巌寺含む八溝地域のプロモーションを行っているからだろう、内心ぎくっとはした。この辺りは年中雲が湧き出す立地だからなのか、雲巌寺の周囲の自然は植生がちょっと変わっていた。そこかしこで木々の枝先に、苔だか地衣類の緑色したもさもさが大量にぶら下がっていて、どうもそれらは風から水分を得ているようだ。この辺りでは緑茶や紅茶が作られており、最近では烏龍茶も開発しているとか。いくらかの異邦観に栃木のダージリン的な趣を感じた。

2018年7月13日(金)

美しい夕景を見ていた日。

2018年7月10日(火)

富安陽子さんの『盆まねき』をオンラインで注文してから、『キツネ山の夏休み』をこの夏に再読したいことを思い出した。後者は95年前後の課題図書だった記憶がある。

2018年7月9日(月)

環境によってこのサイトが表示されたりされなかったりする現象が、サーバーとドメインを移管した昨年末からずっと続いていた。で、その原因と解決が見えた。単刀直入にいうと、サイト全体の設定でSSLを導入すれば見える(閲覧出来ているはず)。保護されていないサイトはブラウザによって閲覧出来なくなる、なんてどこかのweb記事を読んでいたはずなのに、今さらだよ。スマホ向けのCSSも作れるようになった、作ろう。

日々の雑記だけでは味気ないし、その日目にとまった記事のへリンクや、時事のメモなんかをこの雑記に付け加えても良いかも、なんて考えたりしていた。そういったことが出来る便利な「はてな」は名前だけ知っていて、なんとなく利用を避けている……使う切っ掛けが単に無いのだよねえ。

Webというなんでもできる空間があるのだから、企業の便利なサービスに頼りっきりにはならずに、「自分で作る自分の巣」という姿勢を失わずにいたい。

忘れてしまうことの抵抗からここの雑記を付け続けていた、にしてはわりとあっさりと、一週間くらいの放置ができてしまった。そのあいだに西日本の広範に水害が起き、三年前の那珂川溢水氾濫よりもひどい梅雨明けの大雨となった。こういうときに外野ができることは、いつも通りに生活することだ。きっとあとから役に立てることなど巡ってくる。

Scoobie Doはいいね。僕がScoobie Doの存在を知ったのは、元はといえばFreeTEMPOの情報を漁っていたからだ。Namorada do Vento(FreeTEMPO echoed mix)のLPから『風の恋人-茜色が燃えるとき』を経由して『4x20』にやって来て、お洒落というより孤高さに好ましいショックを受けた。楽曲や歌詞にちらほら「夜明け」という言葉が散在しているのも好きだ。このバンドは夜明け前の最も暗い時間の黒でできているのに違いない。

そういうえば今日、散髪した。頭の風の通りがよいね。それらしい日に狙い定めて、少しばかりお山の空気を吸いたいと思う。

2018年7月2日(月)

サキは明け方の四時半ごろに逝った。僕は夜通し付きっきりで彼女を看ていて、それが今こうして少しばかり慰めになっている。

夕暮れに家族皆で墓を掘り、埋葬して花など供えた。彼女を包むため、十年来の愛用で彼女自身もよく遊んだかばんの中へ入ってもらい、僕は記憶のよすがにと思ってヒゲを一本もらった。

今日はひどく暑くて晴れた日だった。食欲はそれなりにあるけれど、落ち込んでしまうな。悲しみはあとから効いてくるのに違いない。しばらく、ぱっとしない日々が続くはず。

2018年7月1日(日)

今日の夜明け時と夕暮れに、蜩が美しく鳴くのを聞いた。たぶん今年の初蜩。

六月の眠りは嗜好品なんて気取って、寝しなの読書と共にそれをちびちび味わっていたら、あっという間に七月が来てしまった。戻り梅雨はあるかも知れないけれど、梅雨明け発表もあったことだし、夏到来だね。さよなら麗しい月よ。七月は現実が幾つもの層を作っていて、それらを透かしてものごとを感じているかのようだ。毎年そう。

サキは今日から水も飲まなくなった。もう少し。

このところ自分の中で急に株を上げているScoobie Doの、『4x20』という結成二十周年記念のコンプリート・ベストCDを、いま聴いてる。CD3枚+DVD1枚とボリュームがある。当面はこれと同『何度も恋をする』を聴いているはず。

2018年6月29日(金)

放っておくと一週間があっという間だなあ。今日、関東甲信で梅雨明けした。散歩もそれなりに続いてる。

サキは生存していて、いよいよ食事が喉を通ったり通らなかったり、黄疸なのか耳の内側が黄色みを帯びてきたりというところ。

2018年6月24日(日)

散歩コースを延長して、歩きでの一時間強を確保した。身体の動きが熟れてくる三十分経過くらいからわけもなく走りたくなる。感情が昇華される感覚があって楽だ。

2018年6月23日(土)

断片的に、いなくなってしまったひとの話をすることがある。曰く「~のおばちゃんにはいろんなことを教わらないまま、逝ってしまったねえ」というような。かぶと虫やきのこを採るといった山の歩き方なんかの、そういう土地っ子のフレーバーを継承できなくて、静かに残念に思う。それはどうしようもない。

祖母、叔父、猫と、今の周囲には死の陰が濃い。そのわりには自分が微妙に鈍感になっているというか、日常感が感覚の表層を覆っているというか。

2018年6月22日(金)

数日前から、夕方に鳴く虫の声が切れ切れに耳へ届くようになった。にいにい蝉の初鳴きも聞いてる。

2018年6月21日(木)

夏至。夕暮れに散歩する習慣を付けているところ。空が桃色と黄に染まり、暗くなっていくのを眺めていた。

庭に堆肥を鋤き込むなどして、夕顔とアーティチョークの発芽していた苗を定植した。例年のようにちんたらと植え替えをしているなあ。夕顔は闇に花の香るのが待ち遠しく、アーティチョークは来年以降に食べられるはずのつぼみに期待してる。

2018年6月20日(水)

やせ細っていく猫サキの、今日は満12歳の誕生日だった。食が細くなっているため、鮭や小アジの焼いたのや、マグロの切り落としに火を通したのをほぐして与えるのだけれど、サキは二口三口を食べると「もういい」というそぶりをしてそっぽを向いてしまう。ちゅーるは食傷気味の様子だ。

動物病院の先生が仰った最初の目標が、五月の予防接種まで生き延びることだった(投薬や外科的な手術無しでの)。だから、カレンダーを見ればサキが頑張っていることは分かる。付き従う人間はもう、おいしそうな真新しい食材を持ち寄ってなんとか食べてもらって、喉を鳴らしてくれるように撫でて、苦痛の少ない状態でより生存してもらうことを願うのみだよ。

このごろ聴きたいCDのリスト。

  • ゴンチチで聴きこぼしているもの
  • レキシのどれか
  • Scoobie Doのどれか
  • MISIAのどれか
  • 矢野顕子のどれか
  • パットメセニーグループのどれか
  • Orangeadeの「Orangeade」(これは当面は入手困難)
  • The Piano Guysの新譜
  • ワーナーミュージック「FUSION BEST COLLECTION 1000」のどれか
  • MOROHA少し聴きたいね

それから、いま使っているJVC HA-FX700というイヤホンの接触が駄目になってきてる。イヤホン貯金することに決めた。

2018年6月19日(火)

昨日朝に近畿地方で最大震度6弱。災害の様相を呈しているし、困ったことはこれから増えるのだろう。外野は慌てないことが大切だと思うようになってる。

祖父宅で庭仕事の手伝いをしていたところ、叔父から本をもらった。佐々木譲『武揚伝 決定版 上・中・下』(中央公論新社)という、一冊あたりふつうの文庫の二倍も厚みがありそうな歴史物を、三冊。僕は歴史が得意ではないのだけれどなー。でも、先方では何か思惑などあるのかも知れない。読みたいときに読もう……。叔父は手の爪と指の肉質が剥離したさまを僕に見せながら、抗がん剤でこうなってると言った。

2018年6月16日(土)

友達の家を掃除して回る寿司を奢ってもらった。

「内向的なことに耽るとき、夜明けが遠くあって欲しい。」なるメモがEvernoteに残っていた。

2018年6月15日(金)

水中にいるような大気。

2018年6月13日(水)

んー。日に一時間程度の散歩が楽しいかも知れない。あぜ道を辿りつつ見た今夕の空など、満ち足りたさみしさとでも言おうか、ずいぶん美しかった。運動の良いところはもしかして、この気分的に満たされた感覚にあるのではないだろうか。オフロもすぐに入れるようにしておくともう、一日の締めは 万端整った感じだ。

暮れ時の空をもっと見たい。なればこそこの習慣は可能なあいだ続けたいなあ。

2018年6月12日(火)

日暮れ時の散歩っていいね。

2018年6月11日(月)

手帳を使い出した去年秋くらいから、漢字を引くために『三省堂ポケット国語辞典』を使ってる。元はと言えば日々の忘却から逃れるため、走り書きらしきものを紙媒体に書き付けるようになった。そこでじわじわと感じたことは「日ごろデバイスを相手にしているせいで漢字を(かなり)忘れている」ということだった。

高校生の時分には長岡書店編集部『漢字小辞典』を重宝していた記憶がある。これは手のひらサイズなため、ポケットや通学かばんに放り込んでおけたから、ノート取りの最中に漢字をど忘れしたときなど、しょっちゅう参考にしていた。

それで今は手帳とポケット小辞典を近くに置いておき、できるだけ小まめに熟語を引いているのだった。スマホで分かるにも関わらず紙媒体に頼る理由は、あんまり強度がないけれど、物理的な動作によって自分の行いを自分に説得している、節はあるかなあ。

猫は今朝になって便を出した。これは昨日のさつまいもめしが功を奏したのか、食物繊維の多いフードにしたためか、時系列的に判断がつきかねる。これらをもう少し継続して与えてみる。

2018年6月10日(日)

企業のサービスやその便利さに依存しない、クラシックなウェブを継承したいなあという思いがある。このことは書かないと伝わらないし、まとめて記事にしたほうが読まれるのだよね、たぶん。

猫が月曜からの便秘気味。腹水が溜まっているにも関わらず水はよく飲むし出すから、食べもので改善できないかと検索した末、さつまいもの吹かしたのをレトルトに混ぜることにした。芋類を猫に与えることは初めてだ。かつお節も多めで練り込むことによりなんとか食べてくれている。なんかなあ、楽に過ごして欲しいのだよなあ。

明日は一日掛けて台風が関東を接近/通過する予報。正直に言うとその雨の音と匂いに期待してる。

2018年6月9日(土)

これ行くといいよーとフライヤーを頂いていた半野外のジャズコンサートへ。場所は明治期の著名人の邸宅、午後二時からおおよそ二時間の演目だった。陽差しは明るい緑色をして会場に降り注ぎ、風が吹けばなにかはらはらと実らしきものが舞うその光景は、初夏の情景となってまなこに焼き付いた。生の音楽っていいね。

2018年6月8日(金)

関東も一昨日に梅雨入り。週明けに台風が来るとか。それと昨日から、朝夕の散歩を再開してる。

2018年6月7日(木)

PENTAX F1.8 77mm Limitedを手に入れた。ずっしりと重くて、これは硝材のかたまりだなあ。

2018年6月4日(月)

明日くらいから曇りや雨の日が増えるのではないだろうか。初夏の陽差しここまで。

猫は毛皮越しに見ても痩せてきた。食事の量は減り、腹の呼吸が浅いことが見て取れる。なんていうのだろう、もう少しだなあ。

2018年6月1日(金)

食が細くなり眠ることの多い猫を診てもらうため動物病院へ。発熱と腹部に溜まった液体があるとのことで、解熱剤と点滴を猫に打ってもらい、明日また来て様子を見ることとなった。三月の手術以降、腫瘍が転移しているだろうしいずれこうなると分かってはいたけれど、今さらになって口から出る言葉が重くなる。

この週末に第8回APOLLOというオンライン音楽祭りがあって、僕は聴くほうで参加するつもり。うまく耳に合うアルバムを掘り出せたら一年くらい生きて行ける。

2018年5月30日(水)

先ほどまで激しい雨が屋根を叩いていた。この一週間くらいで湿度が上昇した(ただいま62%)ように感じる。

2018年5月28日(月)

昼時に驟雨。春も末だと感じる。

2018年5月27日(日)

那須の園芸店へ。今はばらが花盛りらしく、その庭は大変に華やかだった。他にも花期を迎えた花々が旺盛に咲き、花粉を求めて来た花潜りらしき虫たちをそこかしこに集めていた。

苗売り場でラグラス(ラビットテール・グラス)を一鉢見つけて懐かしい感じがした。小学生のころ、僕が転校する予定でいたクラスに転校生がやって来て、同じ立場のよしみだったらしく彼女から控えめな気遣いを受けたのだった。お別れの挨拶が書かれた色紙に彼女から、あのほわほわしたのまたちょうだい、というふうなことを書いてもらった記憶がある。ほわほわしたのというのがラグラスだった。遠い日のことだなー。

九州で梅雨入りしたとのことで、こちらの週間予報も明日からははっきりしない雲行きが並んでいる。久しぶりに寛いだ日だったように思う。

2018年5月24日(木)

陰影をはらんだ雲が流れるように青空を行った。

毎年この時期になると鼻づまりがして辛かったのだけれど、今春は耳鼻科でアレルギーの薬と点鼻薬をもらっており、とても楽。

2018年5月22日(火)

掃除に費やした日。

2018年5月21日(月)

最近になり視力が落ちたらしく、遠くが見え辛くなってきた。遠くを見る時間を積極的に作ったほうが良さそう。

それから、キーボードを使うときにオーの周辺でミスタイプが多い。ので、打ち間違いの多いキーに点字用凸シールを導入することを決めた。

蒔いた種のうち発芽が確認できているのは、夕顔/朝顔/アーティチョークがそれぞれ二つずつ。苗はもう少し欲しいから、また蒔こう。

2018年5月18日(金)

三本目の親知らずを抜歯。経過を観察するため、明朝も来院しなくては。週末に歯の治療を入れるとたいくつする。

2018年5月17日(木)

昨日のNHKにて「ふるカフェ系 ハルさんの休日」で地元の再放送を流していたのを録画視聴。眠たい。

2018年5月15日(火)

街撮りのため、静かな市街を抱える氏家駅へと向かった。記憶違いがなければ僕は六年前に、大阪からの新幹線に乗って以来、鉄道は全く利用せずにいたのではないだろうか。駅前を拠点として目に付いた風景を撮り、あてどなく散策。正午を過ぎ脚に疲れを感じたころ、駅前の軽食店にてアイスコーヒーとナポリタンを注文し、ゆっくりと食し、ごちそうさま。他人様に出してもらう珈琲はいいねえ。店の窓際では二人の男性が経済談義に花を咲かせていた。

ホームではさして待たずに帰りの電車に乗り、上天気な午後をがたんごとんと揺られて帰着した。今日のような街撮りをもっと出来ればなんて内心で考えてる。

2018年5月14日(月)

日中は心地よい風と光の中、伊王野の道の駅に立ち寄ったり、田植時な田園のあぜ道を走ったりしていた。夕暮れの明るい時間も延びてきて気分良いよ。

2018年5月13日(日)

昨日は猫の予防接種を済ませた。脾臓の手術後に獣医さんが仰っていた「まずは五月の狂犬病の予防接種を目指してみましょう」という目標がひとまず乗り越えられて、良かった。獣医さんの話しぶりではいつ猫の容態が悪くなるかも分からないようなニュアンスを放っていたから、猫がここまで生きてくれていることが心の底から嬉しい。

予防接種と共に血液検査もしてもらい、猫の肝機能が少し低下しているらしいことが分かった。そのため、現在与えているサプリメントの他に再び鉄剤を与え、しばらく経ってからまた検査をする予定。脾臓の摘出を経験した猫だから、もういつまで生きられるか分からないけれど、これから先は彼女が楽に過ごせるように見守ろう、という方針で家族の見解は一致してる。

母の日の贈りものとして、ノートやプレピー、折り紙製カーネーションなどを渡した。高価なものだと逆に文句を言われるから、今回は実用的で低価格な路線にしてみたのだけれど、どうやら喜んでもらえたみたいだ。

2018年5月8日(火)

奄美で梅雨入り。

2018年5月6日(日)

ゴールデンウイーク末日。石油ストーブを仕舞った。常春気候のようで暑くも寒くもなく、快適な大気。

2018年5月1日(火)

真夏日の地域がそこそこにあったとか。

2018年4月29日(日)

夜の大気が気持ちよいなあ。ほうほうと鳴く鳥らしき声はなんなのだろう。

2018年4月28日(土)

釣果は僕:アブラハヤ4匹。楽しかった。前日の寝不足が日中の行動に響いていたようで、宵っ張りはほんと僕向いてないなあ。

朝顔/夕顔/ルッコラ/アーティチョークの種を購入。夕顔は日暮れにその香りを楽しみたかったため。アーティチョークは多年草ということを先ほどから知り、その途上の報酬をルッコラで賄えないかなあと算段している(ルッコラはたんぽぽのようにはびこると聞いた)。僕の園芸は基本的に、食い気が一番強い動機なのだなと思う。

2018年4月27日(金)

明日は叔父と釣りに行く予定。

2018年4月25日(水)

蒸し暑いね。少し離れて水の入った田から、くえくえ言うかえるの合唱が聞こえてきて、それが薄闇に涼を誘ってる。

このページのテンプレートは大方出来上がり、現在は日記や雑多な記事を組み込むためのWordPressのデータベースを作っているところ。

作ってるのはかたちはHTML5+CSS3、実質xhtml1.1+CSSで、以前とおおむね同じだなー……WordPressを使えるようになれば記事ひとつひとつにフィードが付くから、ひとさまが読むなら巡回しやすくなるのではないだろうか。数日前にちょっと書いた気がするけれど、Twitterでフォローしている方々のvioに載っている活動拠点をせっせとFeedWatcherに入力していった。そこで感じたのが、ブログなどの更新をフィード付きで提供されているコンテンツは、無いものと比べて日々の巡回率は比べものにならないくらい差が出る、ということだ。ちょこっとニュースが知りたくてFeedWatcherを覗くとき、新着があれば当り前みたいに目に入るんだもの。

星野仁彦『発達障害に気づかない大人たち』(祥伝社新書)と、本田秀夫『自閉スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(SB新書)を読了。たばこをやめた影響で集中力に欠けていたのだけれど、本が読める程度には戻ってきたみたいだ。合間合間に椎名誠の古い本を読んで、寝しなはトーベ・ヤンソンの『楽しいムーミン一家』。『おかしな本棚』から背中を引いて枕元に積んだ未読の文庫がずいぶんある。こうして書くとなんていうか、今年もまた季節の変化に合わせてムーミンを読めるなあという、湧水のほとりか小陰にしゃがむような小さなうれしさがあるよ。

2018年4月20日(金)

花粉症の診察ついでに受けたアレルギー検査(IgE抗体)の結果が返ってきた。スギ/ヒノキ/ネコ皮屑の抗体がクラス4の陽性、そのほか気になる項目がちらほら。猫かあ、どうしようもないし、体感では花粉より症状が軽い(順応しているのだろうか)。頂いた案内にはアレルゲン減量及び回避策が書かれており、全体的に生活空間を改善すべしとある。掃除と換気の頻度を増やそう。

2018年4月19日(木)

AtomとPreview HTMLプラグインを利用してこのページのレイアウトを弄ってる。HTML/CSS/プレビューウインドウを3ペイン画面に並べつつ、ローカルなファイルを並行して編集できるという、なんだこれ便利的なもの。レスポンシブやフレームワークといった考え方も少しずつ分かってきた。かつてfloatの扱いにひどく骨折ったことが功を奏したようだなー。今回の鬼門に思えたflexという概念も、なんとか自分の手で扱えるところまで来たよ。

お、今夜から明朝に掛けて雷に注意らしい。春の雷。

2018年4月18日(水)

  • 祖母の認知症が進んでいるとのこと
  • 月一程度で祖父母宅を訪問している自分が気付かなかったのは「祖母は自分の矛盾を上手に隠してしまうから」らしい
  • FeedWatcherにTwitter関連の巡回先をごっそりと入れた
  • HTMLタグ手打ちの話は、インターネットが便利になる過程でひとが享受してきた感覚の落差なのだろう
  • 僕はWebを徘徊するなら自分でこしらえた足場がどこかに必要だと思ってる
  • この流れでは説得力がないなあ
  • 『きっと誰もが永遠を手に入れたい』って歌詞が響く
  • そうしたら宇宙に行きたいよ

2018年4月17日(火)

モッコウバラにオビカレハ(テントケムシとも)が蜘蛛の巣のようなコロニーを二つ作った。そちらにはベニカXスプレーを散布し、念のためオルトラン粒剤をばらの仲間や近くのライラックに撒いた。二段構えである。一ヶ月後にまた粒剤を撒けば、虫の食害は継続して抑えられるはず。

僕には今年も野菜かなにかを育てるつもりがあるから、こういう強めの殺虫剤を生活圏内で行使するのはちょっと、気が引けるのだけれどな(殺生よりも身内の心配がある)。相手は実害が大きいし、今後もきっちり手を打とう。

金鳥の蚊取線香はたまんねい。

2018年4月16日(月)

日中は山菜採りをしていた。向かった山に通じている林道は去年の雨かなにかで浸食されたらしい。道の両端がところどころ抉れたり、きつい傾斜が掛かったりして、通行に危険がある状態だった。そのおかげで地元のひとは脱輪なんかを避け、その山へ入らなかったようだ。おひとり様での山菜集めはそれなりな成果を上げた。たらの芽とコシアブラはスーパーの袋に半分ほど、それから山椒の若い芽がおにぎり一つぶん。家族で食べるならこれは十分な量だ。

帰りに立ち寄った祖父宅で野蒜と筍を掘らせてもらい、そちらを本日の夕餉とした。くたくたに疲れたから、天ぷらは明日作る。

そういえば琵琶池にも寄ったなあ。遠くの湖面に白鳥らしき白い姿が二羽いてよく目を凝らしたものの、何鳥なのか判別は付かなかった。シベリアに帰りそびれたのだろうか。

2018年4月12日(木)

左下の親知らずと奥歯を抜歯した。香りの世界に浸かりたい気分でいるのは久しぶりのことだ。そのうちインセンスを立てると思う。


  • Copyright 2010-2018 ヱニス All rights reserved.

732...