イナカの灯台

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2020年3月

2020年3月1日(日)

三月入り。暖かい風に包まれると気持ちが軽くなるから、単純なことはいいことだなあと思う。宵ごろ急に思い立って部屋を掃除、のちごみ出しへ。空にはわずかな星と、朧な春の夜の月が出ていた。2019-nCoVの正式名称はSARS-CoV-2となったそう。

2020年3月2日(月)

Netflixでトゥルーマン・ショーを観た。これは触れると元に戻れない作品だなー……。ずっと心臓が締め付けられるようだった。一切が監視され操作されているという観念は、僕のようなものにとっては笑えない、リアルな疑惑でありうるのだよね。被害妄想が現実であることを確信していくトゥルーマンの心情は、よく例えられる「世界が崩壊していくような」感覚だろうと思う。視聴を終えて、現実と虚構のあいだに風穴が開いたような気分。

国立天文台 4次元デジタル宇宙プロジェクト でフリー配布されているMitakaという宇宙ビューワーを使ってみてる。2019年11月14日(木)のことが気になっていたから、地球や太陽系近傍を俯瞰して眺めるソフトを探していたのだった。試みにその日の夕方の条件で弄ると上の画像の通り。なんとなく想定していた惑星とその軌道は一目瞭然で、太陽系の配置を立体的に把握することも思いのままだ。科学とテクノロジーすごい。こうしたソフトウェアを使って、惑星の運行や近傍の恒星の配置を覚えるつもり。脳内地球儀はもう自由に回せるようになっているから、これからは太陽系とその周りも拡大縮小出来るようになりたいのだよね。そうして眺める本物の空はたぶん、いまのそれよりも楽しくなるはず。

2020年3月3日(火)

座禅草は午前の光を浴びて苞を広げており、産直や土手には菜の花の黄色を見かけた。自然には花々を軸にした色彩が少しずつ増えてきてる。ここ数日、歯茎の一部が腫れてる。そういえば食生活が偏っていたことに思い当たるものの、まあ今さら後悔しても、節々が疼くようなこの一連の気怠さは消えないしね。早めに眠るがよかろ。

2020年3月4日(水)

雨降り。日中は暖かさのせいか、眠たくなる日が増えた。

2020年3月6日(金)

心療内科より帰ってきてさらに歯医者へ向かおうとしたら、タイミング悪く原付の後輪がパンクしていた。そちらは修理に出したからいいものの、歯科の予約は一週間先へ変更することに。急遽入れてもらった枠だったんだけどなあ。以降は必要もなくぴりぴりして、こんなことで心をかき乱される自分がしょうもないな、みたいに感じていた。うっすら考えていることで、このタイミングでしばらく、情報から離れる機会が必要なのではなかろうか。それからForbidden Palaceさんに改修中との更新履歴が入っていて、これはこれだけで嬉しいニュース。無理せずにがんばって。

2020年3月7日(土)

遠景に霞が掛かるようになった。そこかしこで梅が咲き、花の香りが流れてくる。

カブは修理とオイル交換を済ませて午前中に帰ってきた。バイク屋のおっちゃんはメーターを見てしばしば「おおう、もうこんなに乗ったの!?」と言うのだけれど、あれはオイル交換を促しての発言なのかな……。乗った距離はいちいち確認してないものの、三ヶ月に一度ほどメンテナンスをしてもらう。買い物用にしては乗り回してる自覚はあるけれど、ライダーほどの行動半径はなく、せいぜい県北エリアをうろうろ、といったところ。あとでメーターの数字をメモする。

ルピシアがメールマガジンで使っていた「おこもり生活」は応用しやすそう……。疫病が流行るこの機会に通知を減らすべく、メールの設定をざっと見直していた。SNS関係ではLINEは利用しておらず、Facebookは長らく放置、Twitterは公式アプリを導入していないから通知そのものは希、といった感じ。僕にとって連絡/通知の手段はいまだにメールが最大のウェイトを占めてるのだよね。幾つかのアドレスに手入れしたから、これより手元へ届く情報はきゅっと絞れたと思う。

おこもりしてしばらく紙媒体と音楽を相手に出来たらと思ってる。今どきの音楽はデバイスからの操作が当然のようになっているんだね。情報を表示するディスプレイからちょっと離れてみたい気持ちがあり、その上で音楽は聴きたいため、MP3プレーヤーを繋いで持ち運び可能なスピーカーを探してる。リチウムイオンバッテリーが交換式なら長く使えるなあとか、現状だとBluetoothは使わないなーとか、あれこれ思う。構造を簡単にするより世界を単純に出来たらよいね。

たばこを止めて三年目に入り、お酒を止めて一ヶ月半に差し掛かり、情報の遮断もするのかよと思う。人生から余剰を削いでシンプルさに傾倒すると、存在がのっぺりしてくるんじゃないかと推測してる。それはともかくとして、僕はほかの部分の欲望についてはそのままにしておきたい。

創作ノートをつけることを考えてる。書くことに関してはもうキーボードが指の延長にあり手放せないのだけれど、自身の思考と向き合ったりまとめたりする機会についてはまだまだ工夫する余地が多い、と思ってのこと。それに、単に環境に変化をつけるだけでも言葉の出し方は変化するんじゃないだろうか。考えるより実践していこう。

2020年3月8日(日)

午前中に雨、のち風の強い曇り空。祖父の下痢は一向に治らず、逆流性食道炎から食事が十分に摂れず身体が弱っているため、あす入院してもらうことになった。ここへの投稿とメール/着信の確認はするつもり。ただ、切り上げるタイミングは決めてない。

2020年3月9日(月)

午前中に小雨、そのあと微風の穏やかな春の日。陰影のある積雲が流れていた。

朝九時四十五分頃、祖父は周りの者たちに囲まれ、入院予定とは別の病院にて息を引き取った。今朝がた入院の支度をしているうちに容態が変わり、救急搬送されたらしい。心臓マッサージを施してもらったようで胸から電極パッドが覗いていた。大叔父を含む家族が揃い、延命しているだけとなった酸素マスクが外され、それが上記の時刻。本人が入院や点滴を長く拒んだことから、脱水と栄養失調が死因に直接関連したのでは、みたいな話は母から出たものの、少なくとも書類上は老衰ということになった。まばらに解散して再び祖父宅へ集まり、座敷周りの掃除をしたり、葬儀屋との打ち合わせに入ったり、それぞれが勝手に分担していた。日の傾くころ弟と僕は一足早く引き上げ。

祖母、叔父と来て三年連続で喪中か……。去年の秋に祖父を撮った写真をさっき出力し直した。写真嫌いな人だったから、そのほかの顔写真は運転免許証くらいだと思う。遺影向けだろなとここで書いたとおりになった。僕は同居しておらず外孫でもあるから、葬儀やその後の整理なんかの決定には関与しない。それでも「祖父が孤立しないように」という思いから、身辺の作業を手伝ったりただ訪問したりして、ここ数年では最も彼の近くにいた。集まった人たちの様子もほんのり見渡しながら思う、僕は祖父に接する動機を自分の外側に設けてここまで続けてきたことで、本人を含む親族みんなの心理的/物理的な負担をかなり軽くしてきたはず。家父長意識の強かった祖父に対して消化できない思いを皆が多かれ少なかれ抱えているなか、彼のやりたいことを手伝おうと心掛けたことは、それなりにいいやり方だったと思う。

祖父母と叔父が立て続けに去ったことで母がひとりにならないよう、兄弟で見ていく必要があるんだろうなあ。一段落したら屋敷周りの様子をいろいろ撮っておくつもり。

端末画面とオンラインの情報から一時的に離れる試みは「こんな簡単なことだったの」という気がした。まだ初日だし、大きな発見を求めてるわけではないけれど。祖父の死が重なったことで、自分と向き合ってみるときなのかもね、と思う。

2020年3月10日(火)

昼前にNHKラジオ第1の「すっぴん!」を聴いていたら、この番組はこの春で終了ということで、曜日担当ごとの卒業式のような構成になっていた。火曜担当のダイアモンド☆ユカイさんに個人的な好感を持っていたから、ときおりこの番組で彼の声を耳にすると、そのまましばらく聞いてることがあったのだよね。「ラジオだと人柄が出るし、嘘はつけないよね」という彼の言葉に、そんな感じがするよと思う。終了を惜しむ声や「これからもどこかで」といったお便りがいろいろ読まれるなか、リスナーに応えてユカイさんが「ムクロジの木」を歌うと、聴き手の藤井さんは少し泣いていた。いま検索したら「すっぴん!」は金曜が最終回とのこと。

日がなしっかりした雨が降った。明日は晴れて風が出るそう。祖父の遺体を棺桶へ収めるため、昼一時過ぎに集まる予定。通夜は金曜で葬儀は土曜と聞いた。さっきfinalventさんの「考える生き方」を再読し終えたところ。今日はTwitterのアカウントが十周年のはず。二日目は情緒が回復するのを感じているけれど、さみしさが混線しているのかも知れない。

2020年3月11日(水)

昼過ぎに集まり、祖父に棺の中へ移動してもらった。葬儀屋の都合から明日の予定はなし。金曜の通夜は午後より始まるため、その日の午前中に入っていた歯科の予約はキャンセルせずに受診できそう。大叔父は始め、人の集まる一般的な規模の葬儀を望んだそうだけれど、祖父本人は葬儀は要らないと言っていたらしいことや、新型コロナウイルスが流行っている状況も鑑みて、家族葬の規模で弔うことになった。祖父が残した指示はあるかと喪主の従弟に訊かれ、保存のために埋めた芋類や収穫できる果樹なんかの在処を伝えた。

やっと漫画の『ARIA』を読み終えた。かなり前から本棚に揃えていたにもかかわらず、なんか照れがあって後半に手をつけられずにいたのだよね。よかった。読むべきときに読んだ気がするよ。それからやっぱり本棚の肥やしにしていた、デビッド・D・バーンズ『いやな気分よさようなら コンパクト版 自分で学ぶ「抑うつ」克服法』(野村総一郎ほか訳、星和書店)にも手をつけた。厚みと内容のあるこの本に取りかかる状態って、そのために必要な余裕を捻出できるようになったってことで、すでに心が前向きになれてるんだろね。認知の歪みについてのクイズはまるきり現代文のテストだ……。今日は風が強く暖かかく、今年初めてコートが要らない日だった。例のインクの配送ステータスを見ると、それらがここへ届くのは葬儀が一段落するころになりそう。情報を遮断しての三日目は、自分の感情の範囲が見渡せているような気がするものの、ほかは変わりなく過ごしてる。

2020年3月12日(木)

少し前にここへ書いていた自作PCのパーツで、CドライブにあてがうつもりのM.2 SSDが未だに代理店から音沙汰ないのだけれど、世の中/自分の状況的に見て、組み立てがすぐに出来ないのは仕方ないなーという諦めの気分がしてきた。自分ひとりの案件なのだし、段取りの手際はもう気にせずにいよう。

『いやな気分よさようなら』は第七章へ。今年は桜の開花が早めということは、アミガサタケの出現も早いのでは。まだしばらくオフラインのまま。

2020年3月13日(金)

歯科と通夜。きのう従弟から、きょう大叔父二人から、ああいう人のもとへ通ってくれて、みたいに二言三言労われた。通ってくれて、の先が言葉として出ないところに親族たちの消化できない思いを受け取るけれど、僕としては生きてる者同士の問題が終わったことで、気を揉む動機はもうないのだし、という気楽さばかり。自分自身の未練を減らしたという意味では、僕は参列者のうちでも気分がすっきりしている方なのかもしんない。「祖父を孤立させたくない」という目的の伴った思いやりを、彼がそのまま優しく受け取ってくれ続けたことに、僕は長く感謝していくはず。あした会う人たちにうまくお礼を伝えられたら。

ARIAの前日譚な『AQUA』を勢いで読み始めた。痩せたかき菜の花瓶に液肥二滴を垂らしたところ葉が肥料焼けしたため、地植えを待たずに鉢植えにした。わさわさと発根していたことが幸いして、水は上手に土から吸えているみたいだ。椎名林檎『幸福論』の「時の流れと空の色になにも望みはしないように」がいいなー。

2020年3月14日(土)

雪やみぞれが降りしきる日。葬儀おしまい。解散する際、酒癖は悪いけれど気のいい親戚がうちの母に「順番的にはねえさんってことなんだからそうなんないでよね」と、笑顔ではあるものの、はっきりと言い含めていった。状況的に皆が言い辛いことでも言ってしまうこの人の腹の割り方は、おおむね気持ちのよいものかもね。懸念はあるし、ほんとうに兄弟で母を見ていかないと。

積み上がったベストアルバムの類のうち、雑に流して耳が拾った曲は、直近だと秦基博さん『スミレ』や米津玄師さん『飛燕』『春雷』とか。槇原敬之さんやaikoさんがよく馴染むのって、どういうところを気に入っているんだろう。自分がどの世代の人なのかよく分かっていないけれど、いまは配信の時代でもあることだし、そう珍しくないのでは。

情報的おこもり六日目。しばらく前に創作ノートの参考にと思い、ひとさまのノート本や手帳本を読んだりしていた。客観的に見て、他人の手元をこっそり覗う自分はたいへん気持ちが悪いですね。これからもっと気持ち悪くなるのだ。それらの同人誌には匿名の感想フォームが用意されていた。これから書いて送る。『いやな気分よさようなら』は半分まで。こういう本でなくても認知療法について高校辺りで知っておけたら、多くの人はより楽に生きられるのでは、と思う。最近ぼんやりと、ただ存在するだけでさえ未来へ向かっていることの眩しさや暖かさを、修辞よりも現実のものとして感じる。

2020年3月15日(日)

せっかくローライ35のオーナーなんだから、そちらで撮るのもいいよね、と思い始めた。あとで地元の写真屋さんに行こう、フイルムと写ルンですを買う。物理的に触れて振り返ることの出来る家族やうちの様子、というのをいくらか記録しておくとよい気がする。ふだんペンタックスのデジイチをマニュアルで使ってることだし、ローライちゃんの電池を温存してきたおかげで露出計はよく動くし、設定の決め方に関しては問題なかろ。レンジファインダー機のピント合わせは……慣れていけたら。メールチェックをしていると、Polaroid Originals Japan Webのサイトが27日で閉鎖するお知らせが来ていた。高感度600フイルムが流通していたころは1パック10枚組で、1枚あたり缶コーヒー一本くらいの相場だった。いま流通してるフイルムはより高価で手が出ないけれど、撮る楽しさはポラが初めに教えてくれたように思う。

2020年3月16日(月)

眠ってるあいだに喉を痛めたみたいだ。おおむね晴れ。冬の颪と春の嵐を足したように風の強い日だった。地元の写真/カメラ屋さんへ。初めフイルムコーナーが見つからず店員さんに訊くと、隅っこへ案内してくれた。世間的に浸透したと思われる写真趣味はこんな具合なのかー。評判がよいらしいKodakのPORTRAは在庫がなかったけれど、そこでlomographyの感度400というものを見つけた。こってり系みたいに覚えてたフイルムだ。写ルンですは、入ってすぐ通りすがる位置に、目立つ感じに陳列されていた。意外なことにマスキングテープが豊富。客層が合うんだろうか。確かに現像以外にもこのマステ目当てでまた来る気がする。

井田茂『地球外生命体 実はここまできている探査技術』(マイナビ新書)を読了。ここしばらく希望や未来を語る本を読んでいるような。前に井田茂・長沼毅『地球外生命 われわれは孤独か』(岩波新書)を読んでいたから、きょうのは個人的にその続きとして受け取った。天文/宇宙はいまとても活気のあるジャンルなのだなあと思う。なんだかんだあって『別冊日経サイエンス no.223 地球外生命探査』はこれから手を付ける。電子情報から離れると読書が進むね。いつまでこうするのかまだ不明。

先週の母の話で、祖父は水や食事を摂ることを積極的に避けていたようだ、ということを知ったのを思いだした。たぶん生前のそれなりな時点から、新聞の切り抜きや周囲にあった幾つかの雑誌などに、身体を身軽なものにして逝くことについての記事を見掛けていた、らしい。祖父らしいかもなと思った。亡くなる直前に入院に同意していたことについては、気が弱くなり決心が鈍ったのでは、特に水を飲まないのは辛いことだから、という話になった。祖父が置かれた状況を顧みて僕が考えるのは、彼は自分の家の畳の上でひとりで逝くか、入院したなら周りの者たちがそばにいて看取るため、どちらにしても祖父と周囲が共に納得出来る部分はあっただろう、ということ。話を聞くと、最後に意識を失ったタイミングは布団の中のようなので、落し所として悪くなかったのでは。又聞きによると大叔父も摂取を断つこういう去り方を目論みたいとか。

2020年3月17日(火)

オンラインほかメディアの情報をだいたい閉ざして九日目。『いやな気分よさようなら』を読み終えた。今後は覚えたことを実践しつつ、必要に応じてこの本の各章を読み返すことになると思う。手に取ってよかった。この本は、辛さや怒りといった気持ちを感じる心の不合理を切り分け、自分で考えて納得していくことで、生きる苦しさを克服する手順を解説した、認知療法の本の有名どころ。なんかしんどいが精神科や心療内科やそのおくすりに抵抗がある、というひとには、二週間分の処方箋代だと思ってこの本を本棚に突っ込んで欲しい気持ち。読みたいとき手に取れる状況だけでもよいものだし。コンパクト版は単行本よりも価格がこなれていて、僕はこちらを読んだ。デビッド・D・バーンズ『いやな気分よさようなら コンパクト版 自分で学ぶ「抑うつ」克服法』(野村総一郎ほか訳、星和書店) 僕にはとても効く本だったけれど、人や状況によって、この本が必要かどうかは当り前のように違うはず。これを読んでいた僕の状況も、ネット断ちや祖父の死が重なり、ほかに考えることがなかったような感じなので。心に踏み込んで行くこうした書籍を選ぶ際は、受け止める側が弱っている場合にはなおのこと、評価がある程度定まっているものの方が健全だろね。誰かに本を勧めるなら、実用面ではムーミンシリーズよりもこっちが推しかも。

昨日かおとといの気象情報のメールに雷注意報が載っていた。そうかー、春だしね。雷鳴を聞くのが楽しみ。

2020年3月18日(水)

風邪の症状が強まってきたため、あれこれと対策したりされたり。熱や気管支の重さ、鼻づまり、ぼーっとして怠い感じがある。早めにベッドへ入るほうがよさそう。

2019年9月24日(火)に2WAYのトート/ショルダーバッグが欲しいと書いていたことを覚えてる。おととい、ネット断ちの自分ルールを少し曲げてこれを見つけて、きょう届いた。カラーキャンバス 2WAYトート(Lサイズ) AddNinthというブランドらしい。さすがに帆布は頑丈そうな作りしてる。アイボリー/ミントの明るそうな雰囲気が好き。これにカメラやレンズ類を入れてあちこちうろつきたいのだけれど、いま引いてる風邪は長引くかもと懸念してる。

2020年3月19日(木)

熱は朝から引き続けていまは平熱まで戻った。気管支の重苦しさもかなり良くなってきたし、ひとまず安心てとこだよ。これが長引くようならと考えてた。祖父が去ったタイミングではうっすらと死の気配も漂う。「情報から離れたら心に変化は起きるだろうか」ということをこの機に試し始めて十一日目、四月までやれば少しは本が片付くだろうし、それらしい結論も出るかもね、と思う。Twitterを覗きたいけれども。

2020年3月20日(金)

枕元に据え付けていた二階建ての本棚を外した。そこに本をどれほど運び込んでも、自分が寝床の中で読む文章の量はさして変わらない、ということに思い当たったんだもの。でも、この一年半くらい、沢山の積ん読に囲まれて眠るのは幸せな気分だったよ。すっきりした宮棚のスペースにはお気に入りと「いま読むべし」の本が残った。もっか『ポラーノの広場』を読んでる。枕元ではない普通の本棚にも手入れ。こちらからは『ランドスケープ──世界のトップフォトグラファー』をめくっているところ。棚の上のほうに突っ込んだまま忘れていた理科年表(平成22年/2010年の)をぱらぱらとめくるうち、一年の暦と天文情報はこれを参照すればいいんだ、というたいへん基礎めなことに気が付いた。そんなんでなぜ置いてたの。風邪の症状はなくなったけれど、軽い中耳炎らしくて左耳の奥から水分が滲む。そういえば今日は春分なんだね。窓を開けばいい風が入ってくるし、陽は遅くまで差すようになったし、早くこの大好きな気候の中に出ていけたら。カメラを入れるかばんも手に入れたことだしさ。

2020年3月21日(土)

人々の出掛けたい気持ちを刺激しないためなのか、NHKR1からは桜の話題が少ない印象。宇都宮は開花したそうだから、もう幾日かしたらこの辺りの桜も咲くんだろうか。未明にラジアンFを聴きながら、ムーミン・コミックスの変なコマに付箋を貼っていた。ツボに入ってひとりで笑ったり、我に返ってへこんだり、手の掛からないやつだよ……。いま該当の箇所をぱらぱらめくっていたらまた笑みが浮かんできた。そのへん、上手く言葉にできないクセになりそうな味わいがあるんだもの。日中は部屋の窓を開け放して柔らかくなった風を通してた。心地よいね。情報源はラジオだけ、といういまの僕にも、世相の暗さは下腹部へ響くように伝わってくる。祖父の不在にはさみしさが揺り戻しているし。

2020年3月22日(日)

どこかでうぐいすが鳴いていた。昨日に引き続きムーミン・コミックスを読んでる。これは陽だまりみたいな気分が宿るなあ。付箋貼ったコマのスクリーンショットをいつか撮ろう、ひとりで楽しむ用。日が傾いたころ耳元でぷわんと聞こえたのは蚊だろうか。蚊取線香(金鳥の除虫菊の)の匂いは個人的に、潮や朽ち木とともに、特別好きな匂い上位三位か五位に入る。四月まで待つかと思うけれど、蚊取線香を焚く頃合いを覗うのは毎年の楽しみなんだよねえ。ごみを出す夜の道すがら、りんりんという風鈴の音がひとさまの家から聞こえてきた。もうじき新茶の季節が来る。緑茶や烏龍茶は旬の流通がほとんどで、今年も確保したい茶葉が幾つか。

2020年3月23日(月)

ムーミン・コミックスにて、小さな生きものがムーミントロールの周りをうろちょろしているのに気が付いて、全巻のコマを読み返して登場シーンを確認していた。暇そう。彼の名前はソフス。新聞に掲載された全ての話がコミックスに収録されているわけではないから取りこぼしがあると思うのだけれど、ソフスが話す場面はほんのときどきに限られ、特にその名前が挙がる場面はコミックスの中では三回。14巻『ひとりぼっちのムーミン』に、結婚するいとこからムーミンの相棒を引き継ぎ、気落ちしているムーミンを励ましている場面がある。このソフスという生きものがけっこう可愛いのだよね。コマの中にいるか探す楽しみみたいなのもあるし。小説のムーミンの挿絵にもこの黒いねずみの姿をちらほら見掛けた気がする。これまで名前のないキャラクターかと思っていたから、彼らのうちの一人であっても名前があり識別可能だなんて、なんだか思いもかけないことだった。ちらっと検索したらムーミン公式サイトのキャラクター紹介にいた。ムーミン・コミックスは小説と絡みついた別のTLを持っているのかなーと思う。僕はこれまで小説のほうをバイブル扱いしてきたけれど、コミックスの世界も豊饒というか一つの世界になっていて、ここへ手を伸ばして良かった。残るはトーベ・ヤンソン・コレクション。次のクリスマスにかなあ。

今年の園芸なんにする? というのを祖父の死去などがあり決めていなかったため、手元の図鑑や育成本をめくって目ぼしいのを探し始めた。車葉草(ウッドラフ)は面白いかも。この植物には桜餅の香り成分クマリンが含まれていて、冷凍/乾燥によって細胞壁を破壊することでその香りが漂うそう。小さな花も綺麗。

桜が咲くのと前後してアミガサタケ探しやろうね。シーズン中にさまよってるのにまだ見つからないけれど、銀杏や桜の周りの、落ち葉や背の低い雑草などの中から生えるそう。このきのこはとても美味しいらしい、ということが大事。

2020年3月24日(火)

今日届いていたお葉書をこれから読む。オンラインにて苗をいくつかお取り寄せ。着いたら鉢を見繕おう。町のあちらこちらに気の早い桜が咲いているのを見掛けた。

2020年3月25日(水)

スムージーは意外と簡単に作れるんだね。豆乳(または牛乳)とバナナをベースに組み合わせることで、大抵の野菜はおいしく飲めそう。そしてびっくりする、お腹にみっしり来るというか溜まるというか。朝はこういうので済ませるのもありだと思った。ほうれん草と冷凍バナナがもりもり消費されていく。

オンラインやディスプレイから(おおむね)離れて十七日目。いま思うと、これを始めてから数日ほど漂っていた奇妙な感覚は、情報に対する離脱症状だったのかも知れない。情報を取り除いたことで生じた意識の隙間を満たすように、聞いてる音楽や自分の考えが流れ込む、知覚の密度が増えているような感覚だった。……この感覚は話が逆で、昔の人にとってはこれが当り前だったと思うのだけれど。無くてもいいような隙間や余剰だから、刺激的な情報がそこを取って代わることは容易だったんだろうね。でも、無駄に思える精神のリソースの空きは、なにかを考えたり創り出していく上で大切なものだと思う。そしてこのリソースの空きはたぶん、情緒にも深さをもたらすものだよ。

Vanness Pen Shop, Little Rock, ARよりインクが届いた。注文から三週間ってとこ。Diamine Grey Stipula Calamo Dark Grey Papier Plume New Orleans Collection Bayou Nightfall の三本。Diamine Greyはとても使いやすそうな濃さをした、ニュートラルなグレーのインクだった。なるほどねえ、グレー系を探す中でこの名をちらほら見たのは、こうしたバランスのよさがあるからか。Stipula Calamo Dark Greyは暖色系の灰色で、インクをティッシュに含ませると紫と黄色の二色が出てくるためか、書いたものの色味も複数あるような。Papier Plume New Orleans Collection Bayou Nightfallは青緑系の灰色。この三本と手持ちのJ. Herbin Gris Nuageを合わせたグレー系インクを、ノートつける夜の雰囲気ごとに使い分けたい、なんて思っていたのだった。

2020年3月26日(木)

クローゼットの収納に手をつけ始めた。ボール箱をもう少し高く積めるようにして、使わないものを効率よく仕舞い込もう。祖父が置いていった電動ドリルで樫のほだ木に穴を開け、クリタケの菌駒を打とうとしたところ、一本全部に穴を開けたところでドリルからビットが外れ、木の幹深くに潜り込んでしまった。あー、僕はこういうへまをするやつだったか……。祖父が使っていた菌駒用の木工ビットは根本が丸軸という形状をしていて、これだといくら噛み合わせをきつくしても負荷が掛かれば外れるよねえ、なんて訝しんでいた矢先だった。ホームセンターで六角軸の菌駒用ビットを買ってきた。これなら外れることはないはず。一度は埋まった刃を取り出そうとほだ木をのこぎりで切り出したのだけれど、二度目でもういいよ、という気分になった。樫の木はほんとに堅い。夕暮れの空は淡く限りない階調の中に緑の領域を宿していた。三月の日没には繊細な緑色が出ることがあり、今日がそういう日だったみたいだ。自然や気象を相手にするのはいいかもね、と思う。

2020年3月27日(金)

園芸店にて、取っ手が付いた樹脂製の深鉢を二つ買ってきた。8号相当。日曜は雨らしいから明日の午後あたり植え替えをやれたら。収納のほうは要らない本を箱詰めにし始めたり、整理せずに置かれている物置状態の荷物を片付け始めたり、手掛けている範囲が広がってきた。この土日で全体の蹴りが付くかどうか、ってとこ。

長らく積んできたきゆづきさとこさんの『棺担ぎのクロ。~懐中旅話~』全7巻を一気に読了。物語後半へ向かうにつれ、自分の心を見つめ過ぎたとき近づいてくる、あの恐慌状態のようなものを感じた。でも、読み終えてみて、風が吹いていくみたいにすっきりしたよ。2006年の暮れにこの漫画の1巻を手に取り、7巻まで揃えながらも積んできたんだから、こうして物語の結末へ辿り着くまでに13年掛けたことになる。先日通しで読み終えたARIAも同じ時期に出会って積んできたのだった。2006年末というと僕も棺桶の彼女みたいにぎりぎりで生き延びる姿勢に入ったころだ。あのころのことは記憶や記録がほとんどないけれど、おそらくこれから先の人生も含めた中で、指折りの苦しい時期だった。ああしたときでも知ってか知らずか、いまここへ繋がる受容の糸を何本か握っていたんだなーと、ほんのり不思議。本って、読み手の側に受け入れる準備が整って初めて意味あるものとして開かれる、理屈としては当り前のことなんだけれど、こちらを少し特別な気持ちにさせてくれるものだと思う。『棺担ぎのクロ。~追憶旅話~』という番外編を見つけた。

いま始まったラジアンFでやまだひさしさんが話していた「世の中デコボコみたいになってるから」に、好きだったゲームソフトの設定を思い出した。糾える縄というか、エネルギー保存則みたいに幸せ保存の法則がある、というお話から始まるトランプ遊びの物語。「めるへんうぉーかーAlice」というシリーズで、検索してみたところ体験版はいまもVectorにあるぽい。

2020年3月28日(土)

午後より雨。明日午前中にかけ雪またはみぞれになるとか。八重のコクチナシは昨日の深鉢へ移し、部屋のかき菜の隣へ置いた。一月くらい経って根と土がこなれたら表土に堆肥をやろう。そういえばそのかき菜はアブラナ系の黄色い花をまた咲かせてる。母の愚痴を三時間ほど聞いていた。収納のほうはおおかた片付いたから、残った段ボール箱の山とほこり、がらくた類の掃除は明日かそれ以降に。引越しじみた労力を注いで要らないものの中から紙切れや写真やはがきなんかを見つけ出した。そういうわずかなものが種々の記憶や感情のよりどころとなることに愛しさを感じる。箱詰めが済んで処分予定とした本や漫画類は15箱程、こんなに沢山捨ててしまって大丈夫かと薄ら引く。かつて身近に楽しんだ作品が多い。なにかしら、それが必要ないと感じたとき切り捨てる自分の潔さって、「そりゃやってはいけるだろうけれど未練はないの?」という心の問いも聞こえて、いちいち戸惑う。腰が疲れて眠たい。

2020年3月29日(日)

雪は昼過ぎまでどさどさと降った。積もった分が溶けるのはあした以降だろね。やはり長いこと積んできた『よくわかる気象・天気図の読み方・楽しみ方』(成美堂出版)を読み始めた。天気に関心がありながら、理科の授業で習う範囲の知識を曖昧なままにしてきたのだった。恥ずかしい。ほか、いまくらいの季節がくると目を通すことにしている現代俳句協会編『現代俳句歳時記』(学研)の春版を手元へ持ってきた。夏版もそのうち。

一年か二年前に道の駅のフリマで掘り出して以来、とても気に入って薄闇を共に過ごした石油ランプが、朝起きて見たら壊れてた。ガラス製の油壺が夜のうちにひとりでに割れ、たっぷり入っていたパラフィンオイルは床のカーペットへ染み込んでいったのだった。あああー。カーペットのしみはティッシュ敷いて重石をしておこう、吸うはず。それよりも、この石油ランプは理想的な形状で好ましい出会いをしていたから、大切にしたかったのに。江戸川屋ランプ – 灯油ランプの専門店棒芯レトロ ランプ シンプル クリアー(商品番号 S27020) が割れたものに近い形状で、手に入れた値段も近かったため、購入。もし今後、口径32mmくらいのガラス容器を見つけられたら、無事なままの継ぎ手やホヤはまた活用できる。取っておこう。

おこもり21日目。30日目が過ぎたら元に戻ろうと思う。あと一週間と少し。優先度の高い積ん読はいくつか読み終えたことだし、そうした収穫をもう少し増やせたら。

2020年3月30日(月)

きのう積もった雪はほとんどが解けて消えた。取り寄せた「グラハムトーマス」という品種のスイカズラ(ロニセラ/ハニーサックル)を鉢に移し、部屋のコクチナシと一緒に置いた。強香種だとか。園芸図鑑の説明では肥料食いに思えたので、完熟堆肥と顆粒の化成肥料を鉢底へたっぷり入れた。上手く育つとよいのだけれど。夏場のそのへんの茂みから、野生スイカズラの甘く爽やかな香りが漂ってくるたび、これ好きだなあと感じていたのだった。ほか、グラハムトーマスと「セロティナ」が1ポットずつある。これらのスイカズラとクレマチスの「フォンドメモリーズ」は外に植える予定。猫を埋めた周りにはいずれシュウカイドウが咲くはず。秋冬のあいだの自分は活力が失せて沈黙していたのに、こうして春めくと俄然生き返って動き出してる。

2020年3月31日(火)

耳鼻科でアレルギーの薬を出してもらう帰りに近場の桜並木へ向かった。中央分離帯のある大きな道だけれど、工業団地の奥でぶつんと途切れているから、ここを通る車両の目的は周囲の工場へ出入りするか、そばの国道を離れてひとやすみに来たかのどちらか。並ぶ桜は五分から七分咲きという感じだった。その下を原付でのんびり走る。似たり寄ったりな速さで桜並木を流したり、路肩に止まってそこだけの時間を過ごす車を、まばらに見掛けた。満開のころまた来られるといいな。あしたはそれなりな雨降りの予報で、それだと桜の下にアミガサタケが出やすくなるのかなあ、探せるかなあと思う。この三月は情報を閉ざしたり、祖父が亡くなって葬式に加わったり、風邪を引いたりした。色々あったようなのに大して思い出せない気がする。そういえばもう水を入れている田があった。沈殿しない気持ちの中を季節が推進していく。

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