イナカの灯台

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2020年1月

2019年12月31日(火)

本棚のナウシカを一日かけて読破していた。こういう骨のある作品を読み耽るなら年の暮れに限る。腐海が終わった清浄の地へ皇弟ミラルパが駈けていった場面の、あの強烈な解放と憧憬に涙ぐんでしまう。腐海を見捨てることになるとしても、あるいは科学者たちの生命蔑視に荷担するのだとしても、僕なら墓所のヒドラが吹聴した「現生人類が清浄に適応するための技術」になんらかの反応をせずにはおれないだろなと思う。自分には個人としての視座ばかりが強すぎるかも知んない。そして良い味を出してるクロトワは、おでんで言うならしいたけかにんじんだな……。椎名誠の古本が五冊届いているから、正月はそっちを読むつもり。つい最近になって自覚が出てきたことに、僕は心細い知覚の不確かさをとっくにくぐり抜けてきたんじゃないだろうか。自然の変化や美しさを味わえて、日々の眠りを得られる幸せがある。断定には早いのだけれど、少なくとも、生存を保ち続けてきて、生を手放さなくて、よかった。そういうことをまともに噛み締めることが出来るようになっていた年だった。来年は心の安定感や他者との交流を大切にしていけたら。

2020年1月1日(水)

晴天。ミドリのMDノートに少し書き込んだ。プレピーでの書き心地がとてもいいね。

2020年1月2日(木)

ストーブの上でするめを焼いた。念入りに換気した今もなお、においの粒子が部屋の中に残っている。昼下がりに道の駅のフリマと産直を覗いた。駐車場から裏手の神社へ向かう家族連れの足どりに、なんとはなしの淑気を感じる。通路脇で煮炊きする、豚汁らしいごぼうと味噌の混じり合った香りが芳ばしかった。母によればあす三日に食べるとろろを三日とろろというとか。少し前に祖父の畑から掘ってきた山芋を使って、自分だけ一日早めなとろろごはんにした。昨夜はふとんに入ってから悪寒と視覚のほのかなぶれがあり、これは流感かなあ疲れそうだなあと思いつつ眠ったのだけれど、今朝起きたらなんともなくなっていた。無理をすると風邪くらい引くのかも。今日は早めに眠る。

2020年1月3日(金)

なにごとも無かりし日。講談社文庫の『ムーミン谷の冬』が物理的に綴りが解れてばらばらなため、新装版青い鳥文庫のそれを購入したものの、視認性を上げるためらしくフォントが横に太い。個人的には以前の細い文字が好きなんだよねえ。仕方なく、ヤフオクで旧版青い鳥文庫の『ムーミン谷の冬』を落札し、今日届いた。さっそくこの冬に読む。

2020年1月4日(土)

正月気分が抜けていく。性格診断 16TESTというのをやってみたらINFPだった。なんというかやる気が起きない。

2020年1月5日(日)

しぶんぎ座流星群は明け方に少し流れているのを見た。

明朝が今年最初の燃えるごみの日なので、夜のうちにごみを出してきた。ステーションの中にはもう、普段の朝くらいのごみ袋が積み上がっていた。明日になれば置く場所もないだろな。

今年は地元の花市(冬のお祭り)が開催されないとか。来夏の夏祭りも実施は検討中と聞いてる。

2020年1月6日(月)

あす夜はみぞれの予報が出てる。雪の降る風景を適度に見たいのだよね。適度に。

2020年1月7日(火)

日の暮れるころ降るそばから解けていた雪は、宵が過ぎるころにはあたりをまっ白に覆い、ほどよく積もって止んだ。木々から雪片が落ちる小さなぱらぱらいう音が聞こえるけれど、ふだん風景から届く夜特有のうなりは雪で遮られるのか、辺りはおおむねしんとしてる。あしたの気温は十度を超えるらしいから、この雪はすぐ溶けてなくなってしまうんだろう。こうした静かな夜には暖房器具を石油ストーブにしてよかったと思う。ラジオ深夜便を聴く。

2020年1月8日(水)

イランのミサイル空爆とゴーン氏の記者会見、やまゆり園の公判とが間髪を入れずにラジオから流れてきて、今夜の情報は錯綜してる感じがする。アメリカとイランの情勢をなんとなく読むにつけ、僕のいる社会はもともと欧米寄りなのだなあと思う。イスラム圏の立場で発信される(出来るだけ)フラットなニュースソース、というのが欲しいときはオンラインのどこへ行けばいいんだろう。

昨日積もった雪は今日のあいだにおおかた解けた。低気圧が通過していったため、各地で強風が吹いたりしたとか。このあたりの風はずいぶん穏やかだった。昨晩、雪のにおいと静けさを感じながら杉林渓烏龍茶の春摘みを淹れた。嗅覚の中に雪と花。冬にいて春を感じる。烏龍茶はやっぱり雪の降った晩に淹れるのが美味しい。

2020年1月9日(木)

とても暖かい日。春のような湿った土のにおいがした。眠たい。

2020年1月10日(金)

病院へ。いま自分はどんな具合でしょうかと先生に聞くと、去年からかなりよいですよ、という返事だった。それなりに自覚も持ちつつ、今年は幸先のよい始まりだなー。そのあと祖父のところへ。庭仕事を一通り手伝う中で彼が前々から話していた、農作業で出た金属くずを回収業者へ持っていって売る、という作業に付き合った。1kgあたり400円と、銅は鉄や鉛に比べて数十倍の値が付くんだね……最終的に結構な金額が戻ってきた。こういう実入りがあるから各地でケーブルや金属塊が盗まれるわけか、と実感。祖父がそのお金でスーパーのお寿司を奢ってくれたので、特に遠慮せずたらふく食べた。

2020年1月11日(土)

平沢進の曲をyoutubeで聴くことに抵抗なくなって昨日の今日なのだけれど、ああ、これすごくいい。陶酔感がある。
平沢 進 – 庭師King(歌詞付き)

自分のつまらない感情に反応しないことは大切かもね。祖父があしたまた手伝って欲しいという。なぜ一度にものごとを頼まないんだろう、あっちこっち往復するのだってそこそこ大変なのに、と不満はぐつぐつ湧くのだけれど、孫と過ごしたいんだろう。僕だって彼を孤立させないためにあれこれしているわけだし。朝早いから早めに眠ってしまおう。

2020年1月12日(日)

市内全域で野火を焚いたため、一日中遠景が霞んでいた。どこへ行っても末黒野の燻るにおいが鼻腔をくすぐる。祖父に文句を言いながらも、この野火に乗じて使い道のない木材などをありったけ燃やした。行動を他者に規定されることには嫌悪感があるのだよね。脈絡ないけれど、ポケモンGOでブラッキーちゃんがキノコや松ぼっくりやなにかを拾ってくるのがかわいい。そういうのが集めたくなるんだ? おみ足の肉球のあいだにわきわきって指を差し込みたい。なんか今年の冬は去年の今ごろみたいにやつれてはいないから、このまま上手いこと逃げ切って春へ飛び込みたいなあ。

2020年1月13日(月)

少し雨に降られた。

2020年1月14日(火)

友達だと思っていた人が、疑う心や検証すべき知識を持たず、分かりやすく刺激的な情報を求めるあまりに、ネットのデマや陰謀、ほのめかしで自身の価値観を染め上げていくのを知ることは、とてもつらい。会ったり話したりすればそうした根拠の飛躍した話をごく一方的に放つようになり、ああこの人の言葉に耳を傾けたくないなあという、冷たい気持ちがこちらに沈殿していく。ただ、本人にしてみれば、古い知合いが去る代わりに新しい仲間が出来るだろうし、思うがままに語りその都度彼らから肯定されることで、存外に幸せかもね。本人が申し述べていたアスペルガー症候群という切り口でどうにかならないかと本を読んだりもしたけれど、今まさに独自の理論で自分自身を教育している人を外野が変えられるものではない、という当り前の結論に辿り着いた。出来ればこの件にはもう言及したくない。

近所の農家さん宅のビニールハウスから流れてくる、ふすまか米ぬかを蒸すもくもくした匂いに、冬を感じる。毎年ここで同じことを書いているけれど、この辺りはしいたけ栽培が盛んだから、あの匂いは培地を用意してるんだろね。やわらかくて人心地の着く印象がある。

2020年1月15日(水)

エアバスの大型貨物機「ベルーガXL」、正式運航開始という記事を見かけた。ベルーガXLの話題は以前にもここで触れたような。相対的に小さく見える翼とこの太い胴体でよく飛ぶものだなーと思う。

椎名誠の『熱中大陸紀行 真昼の星』を小学館文庫で手に入れて再読中。この作家さんの作品は大きく分けて、多忙な作家の日常/辺境旅師という二つの文体があるのだけれど、この本は後者。一般にイメージされると思われる椎名誠らしさのある、しっかりした文章で異邦と辺境の様子が描かれていて、なんというか五感を積極的に使って体験したり書いたりしていることがこちらに伝わってくる。丁寧な臨場感というのだろうか。わりと気に入っている本。

2020年1月16日(木)

一年以上ぶりにコーヒー豆を手に入れ、モカエキスプレスでとにかく濃いエスプレッソをつくった、のが今朝のこと。カフェインがすとんと切れたようで、いまになりとても眠たい。それから、リングフィットアドベンチャーで調子に乗って腰をひねっていたところ、じわじわと背骨のあたりが痛くなってきた。あたまがわるい。痛み止めは飲んだから、早めに横になってしまおう。そろそろ歯科の定期検診の予約を入れる頃合い。

2020年1月17日(金)

単純に、友達と価値観が相容れなくなったから距離を置く、ということでよいのでは。彼の人生や僕の発言に僕が責任を持てないのなら、せめて口出しはしないことだ。去年、主治医にこの件をこぼしたら、(友情が試されるときは)正解がないから難しいですよ、みたいなことを話していた。でも影響されたくないなら離れるという方法もある、と。考えが一周して元の位置に戻ってきた感じ。これ以上気を揉むのはやめる。

2020年1月18日(土)

ひたすら寒く、眠たい。ふとん一枚だとさすがに堪える。仕舞ったままだった毛布をコインランドリーでふかふかにしてきた。背中の痛みは継続中。

2020年1月19日(日)

活力の無さ。冬場は仕方がないかもね。

2020年1月20日(月)

母校の伝統行事である寒稽古の様子が報道されていた。これは朝早く日が昇る前に学校へ来て、武芸やマラソンなどを行うというもの。意味合いとしてはセンター試験のあとも気を抜かずに受験を乗り切ろう、みたいなのだった気がする。僕はやる気のない生徒だったから、死んだ目をして卓球をやっていた。

風邪なのではと思い当たって体温を測ったら39.5度あった。どう見ても流感でございます。冬はやっぱり寒いなーなんて毛布を洗っている場合じゃなかった。でも、それでベッドに籠もる準備が出来たんだから、なにか滑り込みセーフだったのかもしれない。家族に頼んでポカリスエットなどを買ってきてもらった。悪寒が始まるともうベッドから動けないから、火照りの周期のいま、水分を摂りつつこれを書いてる。予防接種のぶんだけ症状が軽く済むとよいなあ。もう、おとなしくしていよう。静寂が優しい。

2020年1月21日(火)

ベッドの中でぼんやりしていると、ここしばらくの自分には心の余裕が不足している、と思えてきた。流感の具合はかなりよくなったけれど、まだ完全に治ったわけではないと、こうして書いたり消したりする文章のネガティブさで察しがつく。寝てなね。

2020年1月22日(水)

そういえば今年はまだ、庭に福寿草の芽が出たか確認してなかった。地植えにあたって陽当たりのよいところを選び、底に堆肥など入れてやった株だから、去年よりも花芽が増えているんじゃないかと思ってる。例の痛みはもう引いたようなので、ちょっとずつ腰回りを動かし始めた。

2020年1月23日(木)

雨。あんまり長湯をしたため、風呂上がりに立ちくらみがした。防水スマホと飲料を持ち込むことでいくらでも湯に浸かっていられるのだよね。雨水から啓蟄あたりの、ものごとが潤んでくるあの感じが待ち遠しい、というか待ちきれない。花を飾ればあの感じが得られると思う。あしたお店を覗いてみる。

2020年1月24日(金)

暖かい雨上がり。そこらじゅうで春先の匂いがした。

2020年1月25日(土)

きのう、土手に薹立ちしていたかき菜の先を摘んできた。適当なびんに挿して窓際に飾ると、あたりにいい雰囲気が出た。庭の福寿草はまだ芽が出ておらず。二月半ばに座禅草が咲いたら撮りに行こう。地元の人たちが保護している群生地とは別の、ちょっとした隠れスポットにしれっと生えている。

リングフィットアドベンチャーのマスター4のマップで出てくるジムが愕然とするくらいキツい。負荷30でやってるのだけれど、スクワットからマウンテンクライマーの流れに下半身がついていかず、這いつくばってへろへろになっていた。でも、そうなってからが筋トレだと聞くものね。それから、リングが自分はストーカーじゃないよね? と心配していたけれど、どうもその疑いは濃厚だよ。

2020年1月26日(日)

一斉に野火をつける日だったらしく、日がなどこへ行っても煙で白く霞んでいた。道の駅の産直できんかんとせとかを見繕う。ホームセンターに立ち寄ったのち、散歩兼街撮りをしようと思い、飲み屋が居並ぶ下町のあたりをふらふらと巡った。朝の光を受ける歓楽街の無愛想な生活感がわりと好きだ。一日の中で様々な側面を見せる町並みが面白いんだと思う。あちこちで地域猫を見かけた。触らせてはくれないだろうけれど、程ほどに人慣れしていて、カメラを向けてもそこにいてくれる。人家の狭間の細い路地を見つけるたびに入っていきたくなるのは、それを暮らしの一部として利用する人たちがいて、その先はどこか見知らぬ風景に繋がっている、という期待感があるからなのだろうな。日曜の午前中だからか人の姿はたぶん普段よりまばらで、大きめの公園が親子連れで賑わっていたくらいだった。まあ、いまは寒の内だしね。前を歩いていた年寄りが、がらがらと戸を開けて家に入っていき「外はくさい!」なんて話すのが聞こえた。マンションの階段を上って眺めた市街は冬の陽差しの下でおおまかに視程2,3kmといったところで、これだけ煙が満ちていれば確かにくさいかもしれない。昼近くなってきたあたりでするっと帰途。

2020年1月27日(月)

去年の春に庭へ植えた蕗がふきのとうを一つ覗かせていた。こういうのを見つけると気持ちが和むものだねえ。まだ株が小さくて育つのにエネルギーがいるだろうから、あと何年か経ってそこそこの群落になったら採るつもり。

そういえば祖父宅のふきのとうが出るあたりを車庫にすると聞いた。コンクリートを敷いてしまうから、蕗が要るんなら株を掘って持って行けとか。祖父の話では、その蕗はもとは高原山の上のほうから持ってきたものだそうな。芽が少し小さめな代わりに香りがよい。もったいないからあとでその蕗を掘り出して避難させておくことにした。

今夜は広域で雪が降るとか。だんだんにみぞれや雨になって、明後日までざあざあと降るそう。積もる心配がないだけに、今夜雪の降る様子をちょっとでも見られたらよいなあと思ってる。

リングフィットはようやくレベル40に到達。フッキンリーとの面会が終わってスキルを所持することが出来るようになった。

2020年1月28日(火)

no.9の「usual revolution and nine」というアルバムを聴きながら、ふと我に返ったように思う、自分は綺麗な電子音楽をそこそこ集めてきたかも知れない。そうした楽曲は宝物のように思って手元に増やしてきたつもり。それらとの出会いは直接的ではないにしても、ほんのりと暮らしの支えになってきた感覚がある。でもこういうのは、我に返ってしまうとそこに気持ちがしゃがみ込むから、あまり気にしないようにしてまた駈けられたら。冒頭のアルバムはたまたま個人的に欲していた「春先の花屋の店先」のイメージに合致しそう、ということで手に入れた。歌詞のない音楽には自分で解釈する楽しみがより多めな気がするよ。

2020年1月29日(水)

朝から雨。昼ごろ白く明るかった雨雲は夕方にはすっかり晴れて、星空に月や金星が見えていた。

インクが欲しい。気になってるとここに書き付けていた「春泥」は、絶対に必要ではないしなーなんて買わない理由を探してるうち、2019年限定色ということですっかり在庫が捌けてしまっていた。もっか欲しい色はグレーで使いやすく、深みがあるもの。わりと気に入っているエルバンのグリヌアージュは若干薄くて寒々しいというか、紫がかっているように見える。深みというのはもう少し暖かいグレー、土の気配が欲しいのだな。やっぱり春泥を逃したのはしょうがないことだなあ。グレー系インクはまとめページがあったりして漁るには困らないから、この件はそのうち。

さっきからSpotifyでAcid JazzやFuture Jazz、Latin Jazzといったあたりのリストをフォローして聴き始めた。これらのジャンルの志向とか歴史はまったく分からないのだけれど、ざっと流していて耳に馴染む曲が多いということは、このへんに金鉱が伸びてるのでは、と思う。Spotifyは本当に音楽を流すように出来ている気がする。個人的なこだわりでCD(と、そこからリッピングした楽曲データ)を手元に置いておきたいという気持ちがあり、そうしてオフラインにかき集めた音楽をじっくり耳に入れていく、という接し方が自分に向いている。こういう行動ってひよこの刷り込みみたいなものなんだろな。

2020年1月30日(木)

2010年から面倒を見てるこのパソコン、なにかが致命的に駄目ってわけではないのだけれど、もうそろそろ新調したほうがいいかもなあ。Windows7のサポートは切れたし、立ち上げから動作が安定するまで一時間弱掛かるし、ソフトウェア側が進化しているために画像編集時のもたつきが目立つ。CPUが第1世代のi7 960という、骨董品もいいところな部品を使い続けているのだよね。いまざっと検索したら、最新のシリーズには第9世代まであるとか。新しい製品は省電力化が進んでいるから、いずれ電気代の差額だけで新品を新調できてしまう。自分のスキルなら頑張ればパソコンが組めそうな気がするし、近く自作PCを検討していこう……。この先また十年くらい、手入れしながら使い続けられるパソコンを組みたいから、そうした質のよいパーツを分割で支払えるところというと、TSUKUMOやドスパラあたりになるのかなあ。

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