イナカの灯台

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2019年10月

2019年10月1日(火)

虫の音が変わっていくね。九月初めころの闇にでかい音の層を作っていたアオマツムシは、いまはなにか別の「りりりり」という声の持ち主と交代してる。「すいっちょん」と騒がしいウマオイはもう声を聞いたりしないから、あれも八月末から九月あたりの生きものなのかも。彼らの声は十月いっぱいで聞き納めなんだろう。そうしたら冬支度だ。

封を開けていないルッコラの種を見つけた。ちょうど秋蒔きの時期だ。初夏にアーティチョークを諦めてそのままとなっている畝に少しばかり手入れして、そこに蒔いてやろう。種は放っておくと発芽率が下がっていっちゃうしね。ルッコラはゴマの風味と辛さが特徴だそうな。だそうなって、買ってて忘れてるんだけれど。これが育つあいだに冬の園芸でやりたいことはあるか、ゆっくり考えるのが良さそう。

2019年10月2日(水)

地域の秋冬の名物なたい焼き屋が今年も営業を始めていた。眠たい。

2019年10月3日(木)

祖父宅の雨どいと屋根の掃除はだいたいおしまい。あすは耳鼻科へ行ってアレルギーのレーザー治療を受けられたら。『ゴッホ 最期の手紙』を観て、村の人たちの証言というか述懐から立ち上がってくるゴッホの振るまいに、ああそうかもな……みたいになんとなく仄かな共感をしていた。最後の場面は星月夜という作品のものだろうか、あのラストシーンのまたたく星たちがとても綺麗だった。動く油絵という試みは観ていて飽きなかったなー。

おかざき真里さんの漫画『阿吽』を読んでるところ。空海と最澄の物語。2019.01.01 初詣:大田原神社 の記事の大田原神社建立を取り巻いた出来事、というの読んだことが切っ掛けで、あの時代が舞台の漫画あったはずと手に取った。西暦800年前後は日本各地が激動の時代だったのだろうかと断片的に思うにつけ、歴史の授業も取ればよかったと今さら実感する……。阿吽すごい。絵が止まってなくて、ページから立ち上ってくる気迫みたいなものを感じる。時代の過酷さ含めて描写に容赦がないから、読む前に気合い入れる必要があるくらい。千年のちまで人の心の拠り所になった天才同士の出会いはこんなふうだったのかなーとか、あと単純に、当初の関心だった寺社仏閣創建ラッシュのころの雰囲気が味わえてへーと思う。4巻のラストで丹生都比売(にうつひめ)と真魚(空海)が互いの約束を確認している場面があってそこがよかった。こうした「契約」や「結びつけるもの」といったものが世に存在していて、ときにはそれが実体を持つかのように顕在するということ自体が、ある種の人たちにとっては生きてる理由くらいに値するのだろうな、と思う。僕はたぶんそうではないけれど。

ルッコラの種はきのう蒔いた。つくつく法師が今日も鳴いていたのを確認。おそらく「紫水晶」という園芸品種なはずのあけびが手に入ったから、こちらも種を採って蒔くつもり。冬の寒さを経験すれば春に芽生えるそう。

2019年10月4日(金)

耳鼻科にて、アレルギー性鼻炎のレーザー治療はこのところ混んでるとのことで、二週間先に予約が入った。気勢そがれた……。受付の方が「ここ数日で熱が出たりしたか」という趣旨の質問を来訪者ごとに振っていた。今年のインフルエンザは流行時期が早い、という話は本当らしい。僕も来月頭に予防接種を受ける予定。

2019年10月5日(土)

暑かった日。一週間後より仲秋らしい涼しさと秋雨前線が到来するとか。最近になって自然に触れたり写真を撮ることが減っているような。

2019年10月6日(日)

忌避剤をサッシと網戸に塗りおえた。金木犀の香りはいつの間にか薄れてもう気付かない。一週間後に接近するはずの台風は中心気圧が今年一番低いのでは、みたいな文章を見かけた。水とバッテリーくらいは確認しておく。

2019年10月7日(月)

やっぱり次の台風は週末にかけて接近あるいは上陸しそう。それはそれとして、早めに眠るがよかろ。

2019年10月8日(火)

あすは祖父にまた駆り出される予定。あちらの納屋などに手をつけていない雨どいが残っているから、まとめて片付けるつもり。あー、このところ停滞というか、気分が沈みがちだなあ。こういうときはおいしいものたらふく食べたい。

2019年10月9日(水)

宵にISSを見る。現在の気温は12度だとか。少し前まで、暑い日が続くねえなんて言っていたのに。山の上のほうでは紅葉が始まったと聞いてる。

祖父の依頼はあすに。友達から連絡が来て、台風に備えるべしと言う。趣旨とは関係のないところで書くと、彼はどうやら陰謀論に凝っている……。心配はありがたいことだし、喫緊ではないとひとりで思っていた自宅の雨どいを掃除するかどうか、週末までに見ておくのがよいかも。

2019年10月10日(木)

災害を前にした高揚感や頼りにされたい気持ちは、湧いてしまうのは仕方がない気もするけれど、なるべく隠して振る舞うべきじゃないだろうか。

祖父の畑と屋敷の屋根周りをさらに掃除。水はけや落ち葉の堆積などを一通り綺麗にしたから、週末の雨対策はできたと思う。その後、友達に停電対策のポータブルラジオを渡し、りんご園へ紅玉を買いに向かった。状態のいいりんごを手に入れるなら今のうちかなあ、と思っての訪問。店頭ではもう珍しい、堅くて酸っぱい紅玉がごろごろ。帰りがけにシュウカイドウのむかごを拾っていると、周りに野良猫が三匹集まってきて、ほどなく喧嘩を始めつつ散っていった。

那須野ヶ原に帯状に並ぶ分離丘陵は、地元育ちの祖父によれば「地膨れ山(じぶくれやま)」と呼ぶそう。観象台がなんとかとも言っていたけれど、話の流れで聞き逃した。

2019年10月11日(金)

台風対策で持ちきり。さっき思いついて気圧計を目につくところへ出し、最寄りのアメダスを目安に、現在の1013hPaへ目印の針を置いた。ここからみんな籠もって耐えるターン。さしあたって今夜はラジアンFを聞きつつやり過ごす予定。

2019年10月12日(土)

日付を越えてこれを書いているところ。昼下がりから夜にかけて、打ちつける雨風に屋根がごうごうと轟いていた。テレビの前で母とぼんやりしつつ、刻一刻と入ってくるNHK総合の台風情報についてああだこうだと話をしたり、タブレット端末の使い方を教えたり。祖父もタブレットに興味があるようだと聞かされたような……本当だろうか。夜十時を過ぎたあたりから雨脚は落ち着いてきて、徐々に風のざわめきと虫の声が聞こえるばかりとなった。これから東北地方が本番だし、東日本中の河川も危険水位にあったり氾濫してたりするものの、治水施設の方々のおかげで破壊的な水害は回避できるのかも知れない。ひとまずもう眠ることにして、なにか起きたか知るのはあしただ。

2019年10月13日(日)

台風一過の晴天。午前中に祖父の元へ電話を掛けると従弟が出て「家の横を流れる用水路が溢れたため、納屋にあった籾殻付きのお米が水浸しになり、いま干している」という話だった。そちらで育ったうちの母によると、そのへんが浸水するのはかつてないことだとか。屋敷周りはずいぶん頑張って掃除したのになー、全く別の箇所から水の害に見舞われてしまった。そのあと道の駅の産直を覗いてきた。帰りがけにちらっと見た川は茶色の濁流が河川一面に流れていたし、市内には川岸が決壊した場所もあるそう。わざわざ被害の大きさを書く気分じゃなくなってきたし、本でも読んで眠ってしまおう。椎名誠の新刊が読み止し。世界中の辺境を旅してきた行動力の権化みたいな人が、それら何十年分かの記憶をエッセイで振り返りつつ、孫たちの振る舞いに眼を細くして、家にいるのがいいと書いていた。

2019年10月14日(月)

急に冷えてきた。もけもけなルームシューズの暖かさ。

2019年10月15日(火)

うーん、夏の終わりからこっち、元気や意欲が欠乏してる。身近なイベントを積極的にピックアップしておくことにした。

2019年10月16日(水)

朝は寒かった。反射式石油ストーブを出し、やはり物置から持ってきた灯油タンクで給油。夜になったら点けようと思っているうち、冬支度の閑とした侘びしさが近寄ってきた。この静かな冷えがいいんだよね。ついでにコートも取り出した。

十日ほど前にここで金木犀の香りが消えていったと書いたけれど、いまになってまだあちこちで香るじゃんと気が付いてる。

視覚の範囲を拡げて面で知覚していると、頭のリソースが占有されるのか余計なことを考えなくなって安らぎが生まれる、気がする。

浸水して水の引いた物置を祖父と片付けながら、要らないものなどを焚火にしていた。話を聞くと、あの台風の土曜日には僕の想像以上に水が溢れたそう。平地の田はより低い田へ雨水を流し、稲藁が下流にかき集められ、それが祖父宅の近くでせき止められて辺りは冠水した、のだとか。確かに敷地内の壁の付着物は脛の上あたりまであった。

とても眠たい。なぜだかトイデジで撮りたい欲がすこし。

2019年10月17日(木)

青果店と園芸店に立ち寄ってから美術館へ。なにか目的があるわけでもなく、エミール・ガレなる19世紀に活躍したガラス工芸家の作品を見た。魔術師との異名を持っていたそう。陶芸のようなかたちの花瓶を透き通るガラスで表現していて、熱して曲げるのかなーということ以外想像が付かず、どんなふうに加工したのか不思議だった。金属を混ぜたり、さらに酸を使ったりと、色や質感は当時の最新の科学を反映したとか。光を通した多様な色使いが美しくて、アール・ヌーヴォーってこういう感じなのかーといまさら知った。ポストカードを一枚購入。『燕文両耳付鶴首花器 つばめたちのひそひそ話』という、泡が立ち上ってくる中につばめたちが寄り添いあっている、華奢な花瓶。このつばめたちは越冬のために南へ行く話をしている……という説明を読んだような。館内の作品を念入りに眺めながら、この時代の科学や芸術はボーナスステージにあったのかなという感じがして、自分がなんとなく創作のベースにしている「科学もちょこっと含むファンタジー世界」の時代観は内燃機関使いたいので産業革命より後が都合いいと思いながらもこのガレという人物の活躍よりは前にしよう、みたいに考えていた。別に創作で現実との整合性を図りたいわけではなかったな……。きょうはポケデジSQ70でそれなりの枚数を撮った。ものの見方とか以前に、自分は楽しいから写真をやっているなあ。

2019年10月18日(金)

予約を取っていた耳鼻科にて、アレルギー性鼻炎のレーザー治療を受けた。事前に体温と血圧の測定があり、血圧がやや高めというありがたくない話から入る。麻酔薬を染み込ませた妙に長い棒を両の鼻へ差し込まれ、麻酔が浸透するまで五分ほど待つ。うちの猫の耳に指を突っ込んでいたときにも思ったことだけれど、ここまで入ってしまって大丈夫なんだろうか、脳もあるのに。それからレーザーを通すファイバーらしきもので、鼻腔の中程(だったか)にある下鼻甲介粘膜、なる部位を焼灼された。ここはにおいを感じるわけではなく、僕の場合はアレルギー物質に反応して腫れぼったくなり、鼻づまりを起こすところだ。そこを浅く焼くとしばらくのあいだアレルギーを起こしづらくなる、というのがこの治療。施術中の医師から「鼻で息してていいですよ~」と言われてそうしていると、自分の肉が焼ける臭いはまあどうしたって感じる。鉄板の上で動物の肉を焼く香ばしいにおいではなく、髪などのタンパク質が焦げるときのあの臭いだった。麻酔が効いているためか熱さや痛みはほとんど感じないものの、レーザーを照射される毎に鼻の奥が微妙に変容している感覚がある。焼灼の途中経過をごく細い内視鏡でモニター越しに見せてもらう。うっ、レーザーに焼かれた部位が集まったクレーターみたいにぼつぼつと変質してる。これを見るのはあんまり楽しくない。手術は続けられ、この診察椅子に座ってから十分も経っただろうか、という素早さで一通りの施術が終わった。二週間後にまた様子を見るから来院してね、という説明を受け、治療費は事前に聞いていた通り保険の適用内で約九千円。レーザーを当てたところは一週間以内に治ります、という話だった。医院を出てから少しだけ洟が出たけれど、これを書いている今はもう、焼かれた鼻の奥になんの違和感もないし、においはきちんと感じるようだし、鼻の通りも現時点では問題ない。数日間は口呼吸で生活なのかなー、なんてのは杞憂だった様子。これまでみたいな服薬や点鼻薬に、当面は頼らなくて済むようになるといいなあ。あんまり関係のないところで、僕が一年半前に受けたIgE抗体のアレルギー検査には、杉やヒノキの花粉などと並んで猫の皮屑へのアレルギーがクラス4という、鼻が詰まったり目が痒いのはこれかーというの分かる結果が並んでいた。うちの猫が身体に消えない爪痕を残していったのかと思うと、笑える。

2019年10月19日(土)

ラジアンFにて夜更かしののち、午後より祖父宅の天屋から古い家具などを運び出した。祖父が後で燃やすとのこと。明治のころからあったかもという唐箕(とうみ、風力で穀物を選別する道具)については、地元の郷土史館なんかなら歴史の資料としてまだ役に立つのではと僕は口を出したのだけれど、これもきょう解体したから明日には灰になっていると思う。唐箕はたいていの農家にあるという。

僕はこの世が地獄だとは思わない。

2019年10月20日(日)

なんかまともな書式のメールを書いてしまった。えらいから今日はこれであがりにしてよくないか。これからNHK総合にて、ラグビーの準々決勝/日本対南アフリカ戦を観るつもり。

2019年10月21日(月)

きのうラグビーの中継とエピソード4を観ていた。

「おいお姫さんよ、一つだけはっきりさせとこうじゃねえか。俺に命令できるのは俺しかいねえんだ」
「よくいままで生きてたわね。このむさ苦しい歩くじゅうたん、邪魔でしょうがないわ」
「こりゃ幾らもらっても合わねえや」
──スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望

上の台詞回しに笑ってしまった。たまたま『フォースの覚醒』を先に観ていたことで、レイア姫とハン・ソロのそのあとの展開を知っているんだもの。出会いは最悪だなー。R2-D2に対するC-3POの態度は時代劇かなにかの古女房じみていて、「なんであたしはいつもお前さんを助けちまうんだろ」というぼやきがツボに入った。このふたりはたぶんこの先もそういう関係に違いない。ていうかこれまでもそうだったのか。

明日は即位礼正殿の儀が執り行われ、天気は雨との予報。個人的に、170を超える政府/地域/機関の代表が一つの儀式に集まる機会はそう多くないことだろうから、それが面白いなーと思う。

2019年10月22日(火)

雨上がり。YouTubeで即位礼正殿の儀を見た。都内のどこだかに虹が出た、という話がTwitterにちらほら。富士山に今季初冠雪。

思い出したため書いておく。土曜に祖父とだらだらしていた折、なんとなく「火曜は皇室の儀式だねえ」と話題を振ると、祖父は「天皇は気に入らないんだ」と話した。87歳になる彼は、第二次大戦の終わりに小学二年生(10歳くらい)だったという。戦中は登校するたびに、学校にあった当時の陛下の写真へお辞儀をしたものだとか。それが終戦となり、大人たちが一斉に掌を返したことで、戦争の記憶とその中心にいた天皇へ、不信を含んだ負の感情が刻まれたのではないだろうか。僕自身は皇室や天皇制に特に思い入れも抵抗もなく、きょうの儀式には「令和の陛下だねえ、頑張ってね」くらいの思いでいる。

こういう祖父の記憶は、祖母や彼らの長男だった叔父がいないいま、近くにいる僕が幾らかでも聞きだして継承しておかないとね。うちの母は祖父とわだかまりを抱えているし、僕の兄弟やいとこたちは全くの無関心だもの。

SMAPの『夜空ノムコウ』がNHKラジオ第1から流れてくる。障害を抱えてなかなか先が見えないなりに、これからの時代をうまく生きていけたらよいなあ。

それから『ヒマワリ』目当てでBeForUを落札し届いた。ら、『LOVE SHINE』が同じアルバムに入っていた。ベースは音ゲーらしいしこういうこともあるかと思うのだけれど、このあたり微妙にケモノ界のテイストがする。

2019年10月23日(水)

スター・ウォーズのエピソード5を観た。C-3POがチューバッカに修理されて気持ちいいとか言ってるシーンで笑う。対峙する親子の表情がすごいなあ。ベイダー卿に来いとそそのかされたルークが手を放し転落していくシーンで、二人はなにを思ったんだろう。ルークはたぶん怖れと勇気だ。あのおやじさんの邪悪な愛が、この先の物語で報われることはあるのだろうか。あ、フォースの覚醒で黒い兜のどくろを祖父と呼んでいた彼は、ルークの子供か甥? スカイウォーカーの物語ってそういうことかー。いまになって大まかな全体の構造が見えてきた気がする。とすると、ライトセーバーの使い手なレイは系譜のどのへんから来た人なんだろう。思っていたよりヨーダは喋る人だった。

youtubeに最新作の予告編が来ていた。最後にもう一度だけ友人たちに、ってどういう台詞やねんC-3PO。この人物の辛口ぶりとやれやれ感がわりに好きになってきたから、物語のしんがりで力尽きて欲しくはないなあ。

JAXAの超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」が軌道保持運用を全うして、少し前に運用停止のため停波作業をしたという。予定の運用がすべてうまく行けば、後期運用とかいう「どこまでいけるかミッション」に移ると思っていたから、切り上げてもうおしまいというのは意外だった。停波作業というのは、衛星を順調に飛ばして十分なデータが取れた、ということなんだろう。任務としては地味なほうだったけれど、まあつばめは探査機ではないものね。この衛星の名前募集に応募したら採用枠に入っていたということがあり、以来、なんとはなしに近況をチェックしたりしていた。高度200kmへダイヴして希薄な大気を切り裂きながら飛行するそのコンセプトには、海の波を蹴立てて進む船のような印象もあった。そのうち、より深い大気へと沈んでいって、ひとりで燃え尽きるのかなと思う。

2019年10月24日(木)

この辺りの店舗でも、SuicaやPayPayといった電子マネーに対応との張り紙を、ときおり見かけるようになった。都市と田舎の時差ってこんな感じ。

明日は終日雨降りということで、夜の道の駅にてポケモンGoのアイテム回収をしていた。暗いやつだな……。がらんとだだっ広い駐車場にもそこそこの出入りがあった。エンジンを掛けた車の中で暇を潰しているらしいのや、ふらっとバイクで来て自販機の飲料でくつろいでいる青年や、たむろして車のパーツ弄りや雑談にふける数人組とか。なんだろう、このひとけの捌けた場所の薄暗さ/薄明るさや、見回せば全くの独りではない一人の感じが好ましいのだろうか。動機はともあれ僕だって同じようにそこにいたのだから、その気はあるのかも。こうした施設に立ち寄る人たちを日中とは異なる切り口で見るのは、地方で暮らしているとあまり機会のないことで、なんだか新鮮だった。暗いなか人が集まる場所って珍しい。

2019年10月25日(金)

友達がほのめかしや有害なデマ情報を発信して万能感を得ているのを知り、徒労と失望を感じてる。ああいうふうにアクセルを踏み込んでいったのは、僕が記憶しているやりとりから推測するに、今夏の参院選以降だと思う。近ごろ言動がおかしいのはなんのSOSだろう、彼の話したい欲求が収まるまで話を聞くべきなのだろうか、なんて考えていた矢先だった。今度のことで僕の周囲に相談したら、自衛のために距離を置いたらという意見だった。そうする。「お前が駄目になっていくのをどうしたらいいんだ」という言葉は、かつて僕は大学の友達から言われた。現在の件で、僕が友達として振る舞うべき態度と言葉はまだあるはずだけれど、それがなにか彼のためになるわけではないだろな。

2019年10月26日(土)

きのうの件について、そう深刻にならなくてよいのかもなと思いはじめた。たまたまいま見た知らない方のツイートに「言葉であれこれ考えてだけいると、狭い隘路に入り込んでしまうよね」とあって、このへんで切り上げる。

ラジアンFのあとで窓の外の光に気付き、朝焼けしていく空を撮っていた。運がよいのか南東に細い月。空の写真って、こんなものを見ているよという感情の鮮度が大切だと思うのだけれど、そのために素早さ優先で画像処理していると自分の技量の上限が見えるなあ。パソコンとスマホ画面の両方で同じように、もっと柔らかい色を出せるようになりたい。

そのまま眠らずに道の駅を三箇所巡った。たまにこういう無理が効く日ってある。

2019年10月27日(日)

昼より祖父に呼ばれて庭仕事をする。ちょうど買い物から帰ってきたいとこにも声を掛けつつ、祖父にタブレットの使い方を教えることについて彼に協力を求めた。祖父の離れはWi-Fiの電波が遠いこと、SIMフリーでないKindle Fireでは通信をほかに工夫する必要があるみたいだ、という会話に。直後に秋の夕立が来たため別れ、僕と祖父は国内の広域地図を種にだらだらと話し、その後帰宅。祖父といとこのわだかまりが少しでも解消されたらいいのだけれどなあ、お互いのよそよそしさが循環していて取り持つのむつかしい。祖父の件はタブレットの新調含め、うちの家族にも相談しているところ。

むかし所属していた研究会のことを思い出していた。二回生の春が過ぎたころ、サークル員で○○してそうな人アンケートの結果発表、みたいなプリントがどこからか回ってきたんだった。僕はそういうアンケートの存在を知らず、ゆえに誰かへ投票もせず、複数のネタ投票先として名前が上がった。いまになりちらと思う、まじめに社会を考えてますという顔をした人たちも、変わり者を槍玉に盛り上がることに関してはピュアで疑いがなかった。まあ仕方がないよねえ、僕はずいぶん滅茶苦茶なやつだったもの。

(中略)もう長いこと顔を合わせていないその人たちのことを思い出すとき、友人と言い切って躊躇しなくなったのは、僕が誰かに自分をどう思われているかについて必要以上に慎重ではなくなった、ということなのかも知れないと思う。躊躇しても踏み越えるようになったのかも知れない、それはよくわからない。良いことだけでもないのだろうけれども、後ろ暗いような思い出ばかり思い返すようなことをするのに比べれば、ずっと生きていくのに楽だろうなと思う。こんな当たり前のことを少しずつこなせるよう追いつけてこれたのは、変化があったということだろうか。夜勤明けの回らない頭で思う。monologue : Days 2010-09-05 Sun.

過去を撫でて得られる心のやわらかさに、僕は未だに助けられてる。

ときおり秋の心地よい侘びしさを感じる。岸本佐知子さんの『なんらかの事情』(ちくま文庫)を読んでいる。ダース・ベイダーが寝る姿を想像する項の、「カーテンは、カーテンはたぶんない。」という文章がツボに入った。ないんだ……。なんでもない風景を撮りたい欲がいぶっている。薄明の街並みを探そう。

2019年10月28日(月)

またも祖父のお手伝い。「87歳にもなってまだ生きようとしてる」と彼は会話の流れで言った。そのトーンには自嘲気味なところはあるものの、あまり否定的な印象も感じなかった。周囲にそれぞれ思惑があるのは分かるし、僕はこれからも祖父が孤立しないように手を貸したいと思ってる。別件でストレスが掛かり始めていて、うまく対処できるか分からない。こういう時は早めに眠ってしまおう。

2019年10月29日(火)

夕顔はまだ咲いてる。夜には思考の熱が引くものだね。秋冬の暮れの空には緑色した領域が見られるものだけれど、ことしはなんか見てないような。ただ視界に入っていないのかも。どこかへ行くのは良い気分転換になるかもなと思う。それから、僕は以前、生活する中で感覚が外側に向かう透明感を求めていたんじゃなかったか。

2019年10月30日(水)

スター・ウォーズのエピソード6/ジェダイの帰還を観た。このパートで複数の伏線が回収されたように思う。レイア姫がルークの双子の兄妹だと明かされたことにより、『フォースの覚醒』を観て疑問に思っていたレイの出自はこのへんから伸びるのかなー、という示唆がもたらされた気がするよ。緑の惑星エンドアの原住民イウォーク族、これはどこかで見たことがある……プレイステーションの『デュープリズム』だ! ゲーム中に登場する樹海の小人ガムル族は、大木の幹をぐるりと取り囲む空中に住居を拵えていた。そうした住み処も、毛皮らしき被り物をした小柄な姿も、イウォーク族のそれにそっくり。ゲーム側のオマージュなのかなと思いながらも、わけの分からないところで糸が繋がるものだなー。核心の親子対決はあちこちに琴線に触れる部分があり、コンテンツとしては美味しいんだけれど、かなしかった。互いにお父さん/息子呼びしている二人の立場のすれ違いが「今さら、なにをしても手遅れだ」という台詞に集約されて辛い。皇帝とその電撃で苦しんでいるルークとを交互に見やるベイダー卿の葛藤もあまりある。なんか妙にベイダー卿に肩入れしてる気がしないでもない……。それでも、以前ここに書いて疑問に思っていた彼の愛情の行く末については、息子への「すでにもう助けてくれた」で僕のお株をすべてかっさらっていった。お互いに心が通じたんだなー、よかった。そして、回収した卿のどくろを『フォースの覚醒』で祖父と呼んでいた彼(名前忘れた)が、きっと最後にレイの前に立ちはだかるのだよな。……ん、もしかしてそこは、いとこかきょうだいの対決になるん? ええー。

これでスター・ウォーズの旧三部作を観終えた。12月20日の作品公開までに、新三部作、ハン・ソロ、ローグ・ワン(一度観てる)、エピソード7(一度観てる)、8という流れで視聴したい。週に一作のペースなら十分に間に合いそうだ。公開されてもすぐに映画館へ行くかどうか、分からないしね。

果物とスパイスから馬鹿丁寧にヴァン・ショー(ホットワイン)を作って飲んでいた。去年のルピシアだよりにレシピが載っていたもの。矢野顕子さんの『クリームシチュー』が心のやわらかいところへ届くような。

2019年10月31日(木)

Netflixでマイリスに入れていた『アメリ』を観ていた。流石に芸能音痴の僕にもアメリ・プーランの吹き替えは林原めぐみさんと判別が付くな……。作中の、しばしば現実と想像との境界が溶け落ちるところに、最近読み終えた岸本佐知子さんのエッセイと近しい雰囲気を思った。また、決まり切った生活が些細なことで崩れていく感じは、どこか八十日間世界一周のよう。外界とうまくやっていけずに、ともすれば計算高くさえなりそうな主人公アメリに対して「それはそうなるでしょうよ」という思いも若干ありつつ、奇妙な縁によって交友を持った隣人『ガラス男』レイモンの存在が、ラスト間近で大いに助けとなった。作中で描かれる類の理不尽さは個人的に身に染みて知っている部分もあるけれど、この作品では人々のあいだにある距離感が不思議なやわらかさを保ったまま描かれているように思う。あと、金魚を捨てるのに金魚鉢まで捨てていたのはいいの……。見終えてからのWikipediaに「映画の中でアメリの部屋に飾ってある絵のほとんどが、ミヒャエル・ゾーヴァの作品である。」とあったのが目にとまった。その人ってたしか、吉田篤弘『針がとぶ Goodbye Porkpie Hat』(新潮社)の表紙に採用された、海と焚火とペンギンのイラストを描いた人物だったはず。いま検索したら「Goodbye Porkpie Hat」は怒れるジャズマン、チャールズ・ミンガスの一曲だとか。

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