イナカの灯台

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2018年11月

2018年11月1日(木)

少しでも散歩を続けるというのは、気分に加えて身体の調子も整うなあ。

テーブル裏のヒーターを掃除してこたつを出した。ハロウィンが終わったし、これから先の街並みはいそいそとクリスマスへ向かって加速をしていくのだろう。

最近流行りの、ビットコインに振り込め恐喝詐欺のメールが、僕のメールボックスにもやってきていた。そのアドレスは2005年くらいから利用している5MBのフリーメールだったのだけれど放置していて、ようやくパスワードを変えた。Gmailかクローラーにそこのログを拾ってもらってアカウントを削除しても良いかも知れない。

いろいろに読み解ける『ムーミンパパ海へ行く』のテーマを考えてる。家族の再生やムーミン一家の休暇、海との対話といったものが浮かんできたりするし、作者のトーベ・ヤンソンさん的には、ムーミンシリーズに生み出したモランの孤独という課題をここで解決してみせたのではなかろうか……というのは、読み返していた初期の『ムーミン谷の彗星』で「こわがられるとひとりぽっちになる」という趣旨の台詞が出てくるからなのだけれど。そうだとしたらこの手腕は、ただの優しさを超えて一人ひとりを慈しむ感情のように思う。

あのあとのモランはもう海を渡れないだろうけれど、どうしただろうか。島で夜な夜な、灯台守の点ける明かりを見ているのかも。

そういえばこの一年くらいは波の動きが消えるように、頑固な不眠症を自覚せずに済んでいた。十年以上のあいだろくろく眠れないか、眠るために目を閉じている努力が必要だった。この変化は末梢神経の痺れや、慢性的な下痢、冷え性といったものが解消されていることと関連がありそうだ。まあずいぶんな体の使い方したもんね。

明朝の最低気温に3度という予報が出てる。たぶん今季最も冷える。

2018年11月2日(金)

音楽の好みの話。自分がインストゥルメンタルやフュージョンのような歌詞を持たない曲を比較的好むのって、歌詞に興味が無いからでは、全くないな。その逆でひどく言葉を選り好みしてる。十代くらいで邦楽の洗礼を受けなかったことはたぶん、受け付ける表現の幅を狭めてる理由の一つだ。「君」なんて歌っているのを不用意に耳にすると、必要もなく身構えてしまう。こういう姿勢には心の境界の広さも関係してるんだろう。

そうしていても、好きになれる作品との出会いは尽きることのないところが、音楽のふところの広さだなあ。

暮れ時に立ち寄ったドラッグストアの隅のほうでは、The BanglesのWalk Like an Egyptianのリミックスがちんまりと流れていた。ほのかな年末感がある。

2018年11月3日(土)

友達と市の産業文化祭へ。終始好天のもと、小中学生の作品や菊花の展示、フリーマーケットなんかを見て回った。

その帰り道すがら、ポケモンのブイズのガチャポンを見つけて一度回した。こういうの小学生以来ではないだろうか。グレイシアのラバーマスコットを引く。

そして友達の家にてしばしうだうだしたのち帰路。昔からの園芸店がまだ営業しているようだったのを見つけ、いずれは立ち寄りたいと思う。

2018年11月4日(日)

ごみ出しの途中、夜霧とぱらつく雨の中に、朽ち葉の強い匂いがした。

2018年11月6日(火)

もけもけのルームシューズは冷え込む夜更けを五割増しで心地よくする。

2018年11月8日(木)

スーパーカブの納車日だった。Dioと違い、ギアを自分で変更するタイプになっている。全体の操作を覚えるために近所で馴らし運転をした方が良さそうだ。

BEASTERSの11巻を読む。こういう着地の取り方するんだーという感慨がある一方、続きが気になるところ。もしかして、作中の季節が春になるまでに(進級して)完結するのだろうか。それからトーヴェ・ヤンソン『島暮らしの記録』を読了。岩礁で珈琲を飲むとか僅かな土に薔薇を植えるといった、『ムーミンパパ海へ行く』で断片的に目にしていた記述に気付く。積ん読に『少女ソフィアの夏』が控えてる。

2018年11月9日(金)

病院の待合室ではテレビからクリスマスソングが流れ、うちのラジオからは槇原敬之の「冬が始まるよ」が聞こえていた。

2018年11月10日(土)

武田百合子『日日雑記』が古本で届く。ちらっと読む。面白そうだ。

ここ一年ほどで面白いひとさまの雑記/日記は、読了/未読含め手元にあるものでこのとおり。石田五郎『天文台日記』、須賀敦子『須賀敦子全集〈第1巻〉』、ダンピア『最新世界周航記 上下』、矢島翠『ヴェネツィア暮らし』、ハンス・カロッサ『ルーマニヤ日記』、そしてトーヴェ・ヤンソン『島暮らしの記録』。

ほかに『すずしろ日記』という読み物が面白いのでは、なんて嗅ぎつけはしたけれど、お値段がそこそこ良いために躊躇してる。

2018年11月11日(日)

カブのクラッチの操作を覚えるつもりで買い出しなど。そこはかとない年末感を感じ始める。

メルツェルはつるはしを振るう彼女の後ろで、その氷を掘る様子を見ていました。底の知れない暗緑色した氷壁が、つるはしの一振るいごとに、もう色の淡くなった雪片を床に撒き散らすのでした。

「上は風が吹くからね、こうして穴を掘って往き来する」

彼女はメルツェルにそう教えてくれて、またつるはしを振るいました。ひとが通れる穴を地面に掘ることについては、メルツェルだって反対ではなかったのです──なにしろ氷上では、厳しい季節風がびょうびょうとうなりを上げていましたもの。

メルツェルは彼女に言われるがまま、幾度となく、掘り起こした雪氷の欠片を一輪車に乗せて来た道を辿り、それを氷上へ運び出しました。

短い極地の日が水平線下へ消えようかというころ、彼女ははたと振り向いて言いました。

「おや、もう日暮れかい。カンテラをつけてごらんよ」

言われるがままに火を入れると、とたんに氷のトンネルは、翡翠色や橙や紫苑色の、無数の色をしたプリズムで輝きました。そして数限りない氷の表面に、メルツェルの石油カンテラもちらちらと揺れ動くのです。メルツェルはその光の饗宴にしばし見とれました。

「いいでしょ。これが冬の楽しみだよ」

彼女はそう言って、氷窟に見惚れているメルツェルを放っておきながら、一輪車へと氷を掻き上げるのでした。

2018年11月15日(木)

明朝の最低気温に4度という数値が出てる。月を見やる吐息が白い。

胃酸過多で元気ないなあ。

2018年11月16日(金)

そういえば、ムーミンのほかにちらほら読むものとして、『現代俳句歳時記(春夏秋冬)』がある。季語は手っ取り早く季節感を拡張できる上、現代の太陽暦に従って説明されているから、生活感が身近で取っ付きやすいんだよね。強く印象に残っている句は「縄文の土器の吐きだす青嵐 岡田恵子」や「火のようにさみしい夏がやってくる 近三津子」なんかだろうか。

夕空はもう冬のそれだなー。

2018年11月17日(土)

午前中は麗らかなる小春日和。

九時ごろ、カブの運転を練習がてら道の駅へ出掛けた。フリーマーケットの店主たちがゆるゆると自分の店を組み立てているそばを通り過ぎ、地元のイベント案内が様々に貼られているのをチェックしつつ、産直へ入る。目当てにしていた干し柿を素早く見つけたのち、目的もなくうろうろ。さつまいも売り場に紅あずまや安納芋、シルクスイートなどとあり、未だ食べたことのないシルクスイートを焼きいもにするつもりで一袋見繕う。よく見掛ける野太い形状とは違い、楕円形でころころとした芋だ。それなりなひと気と午前の自然光が館内で混じり合い、早くも年末特有の雰囲気を醸し出していた。思わず笑みが溢れる。

ベンチで少し往来を眺めてから、ポケモンGoのポケストを回し、神社に参拝。歩調が緩む。参道横の大銀杏はひとたび霜が来れば、目の覚める黄金に染まるだろうんだろうな、なんてことを写真を撮りながら思う。七五三に近かったからだろうか、子どもたちの姿をちらほら見かけた。

それから少し離れた高台へと向かった。カブのギアチェンジがへたくそなせいで坂道を空ぶかし状態になりながらよろよろと進む。おあつらえ向きの東屋と展望案内板が見つかり、犬と散歩をしている老人に挨拶なんかしつつ、そこで小休止を入れた。風が吹けばぶわーっと舞う枯れ葉はケヤキだっただろうか。東屋のベンチには折り紙製のふくろうが二羽座っていた。那須連山の山影は案内板を見てもいまいちピンと来ない。

帰り道に地域の土産物屋を覗く。ここの郷土品売り場はいつでも極めつけにまったりとした年の瀬感を漂わせている場所だ。意外な物品としては手漉き和紙があった。築百数十年という開放された古民家の中で、老人たちが囲炉裏を囲んで火を焚いており、木の燃える香ばしい匂いが辺りに吹き散らされていた。

ついでに玉藻稲荷へも立ち寄った。その辺りから見る那須の山々は頂上に白く荒々しい雲を抱いていた。去年の今時分に上のほうまで行ったときは既に薄ら雪が積もっていたから、あの雲も雪雲なのかも知れない。去年と違うのは見川鯛山の本を読みかけていることで、あの山深いあたりにひっそりとした集落の暮らしがあることを僕は知っている。稲荷そのものは特に変わり映えせず、池の水がやや浅いのと、水芭蕉が芽だけ伸ばしているのを見て取ったくらいだった。

今日は日がな人心地が着いていて、晩秋の気配をしみじみと感じていた。常にこうありたいと思う。それから今日明日と第9回APOLLOがあるから、出来るだけ作品を聴いておきたいところ。

2018年11月18日(日)

夜更けから朝四時までかけてホーガンの『星を継ぐもの』を読了。読後の清涼感と動揺をない交ぜにした忘れられそうにないエンディングだった。設定がすごいというか、設定を解説するだけで作品になっているところも骨が太くてすごいなあ。巻末の広告に新井素子の名前を見つけていずれ読みたい作家に思う。以前ここに書き付けたティプトリーの『愛はさだめ、さだめは死』が未読。

正午過ぎくらいにのろのろと起き出して今までうだうだ。買ってきた小ぶりのみかんが甘さも酸味もたっぷりとあり、「このみかんはアタリだぜえ」(紅の豚)といった風情。

去年までは烏龍茶にハマっていたのだけれど、今年に入って以来、深蒸しの煎茶が自分の中で流行りだ。ほくほくした栗の香りにうま味を併せ持っているお茶が好き。うま味だけなら市販の茎茶をだらだらと急須で蒸すことで得られることが判明したり、一方で加齢のためか渋みを旨く感じられるようになってきており、いずれにしても自分には濃い目の味を好む傾向があるみたいだ。釜炒り茶ではぶどうの香りの香寿をまた手に入れて、味覚の精度が上がる雪の降るころ淹れるつもりでいる。

喪った猫にもう一度会いたいなあ。

2018年11月19日(月)

ポケモンGoのタスクを進めたところ図鑑が多めに埋まった。SFで笹本祐一『星のパイロット』シリーズを幾つかと、レイ・ブラッドベリ『火星年代記』やフィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』といった古本をお取り寄せ。第9回APOLLOではCDとダウンロード楽曲をそれぞれ一つずつ掘り出した。眠い。

2018年11月21日(水)

流感の予防接種を受けた。

二年ほど前から、気になった音楽や耳に残ったものをYoutubeの「小型アンテナ」というリストに追加していた。そのリストの中身が今しがた300曲を超えていて、その小さな記念。馴染みの音楽を聴くんならSpotifyのラジオに依存しても良いのでは、なんて少しは思うけれど、意外に自分の中での住み分けが出来ている。サムネイルがある動画というのはイメージを共有しているから頭に入りやすいのかもね。

夏の暑さに負けて溶かしたアーティチョークの蒔き直しは、二つの株が小さなロゼットになってそのまま、この冬を堪え忍ぼうかというところのようだ。アブラムシだかアザミウマを避けるためには、風通しを良くする必要があるらしい。

2018年11月22日(木)

那須の山の上のほうはとうとう雪化粧をした、と書いてあるブログがあった。夕暮れにそちらをちらっと見ると、山々をまっ白な灰かぐらが覆っていた。

2018年11月23日(金)

刑務所の矯正展へ。その場で淹れてもらった珈琲を飲んだり、煮卵を買ったり。

明日辺り鉢の福寿草を地植えにしようと思う。ちらほら氷点下だし、シャコバはもう家に入れてやろう。

2018年11月25日(日)

新そば祭りへ。そばがきのほの甘いこと。

2018年11月26日(月)

祖父と竹藪切りをしたのち縁側でトマトジュースを飲む。竹の地上部は全て払ったけれど、それでも数年は生えてくるそうな。気軽に筍をもらえる伝手はもうなくなるから、来春は筍を良く味わったほうが良さそうだ。祖父から、あとで干し柿や干芋をつくるから手伝いにおいで、ということを言われた。

求めているものが明らかであるときにものの違いが分かるもので、知覧のゆたかみどりの濃い二煎目がうんまい。そしてもっと美味しい緑茶が日本にはあるはず。

2018年11月27日(火)

紅はるかを使ったねっとりした干芋が、キャラメルのように甘くて美味しい。

微かに声の聞こえる虫はまだいるのだけれど、明け方の零下が続けばいつかいなくなるんだろうなあ。

2018年11月29日(木)

色彩雫のインクを小びんで月夜/松露/新緑と手に入れた。松露の青緑が綺麗。

2018年11月30日(金)

髪を切った。美容師さんと「よいお年を」のやりとりをする。もう十二月かあ。

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