イナカの灯台

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2018年10月

2018年10月1日(月)

おのれ台風め、鏡の如く磨いておいた窓にべったりと埃をなすり付けおって。

2018年10月2日(火)

石油ストーブの試運転完了。日中の暑さが失われてくると、身体が冬ごもりの準備に入るというか、内側に向かってゆっくり閉じていく感覚を覚える。

2018年10月3日(水)

山の上の木々は色づいてきていると聞く。

自覚しづらいことにメンタルがまたやつれてるみたいだ。自分の心というのは分からないなあ。でも、猫が手術をした三月くらいからこのかた、先が見通せない感じを抱えていやしないか。

2018年10月4日(木)

「ムーミンパパ海へ行く」を今年も読了。これから「ムーミン谷の十一月」をかじるように読む。

2018年10月5日(金)

このサーバーの設定にて、ドメインロックを有効にしていなかったためにスマホから閲覧出来ずにいたのを、なんとか特定して解消(したつもり)。

BayakaのImaginary InquiryはCDの購入履歴の中では非常に初期のものなんだけれど、薄闇と艶やかな音が交錯している情景は、何度聞き返してもまぶたに鮮明に浮かんできて、とても良いね。

2018年10月7日(日)

蒸し暑く、日がな強風。夕刻の散歩が心地よかった。

2018年10月9日(火)

Google+が来年八月末までにサービスを終了するとか。

2018年10月11日(木)

中島らも『永遠も半ばを過ぎて』を受け取る。そういえば一昨日に、同『今夜、すべてのバーで』を読み終えていた。読んでいてときおり鋭い指摘に悶えたりしたものの、らもさんの特徴は柔らかい文体にあるのかなーと薄ら思う。

2018年10月12日(金)

友達の「大切なものほど近くにあるからなあ」という言葉に、メーテルリンクの青い鳥のようだと返す。石造りの遺跡を探訪する夢を見る。

2018年10月13日(土)

東武宇都宮で開催されている写真展、岩合光昭の世界ネコ歩き2へ。ヴィーナスの誕生そっくりのポーズを取っている猫や、マフィアのような雰囲気の猫など。どちらかというと暖色寄りの発色をした写真が多く好感を持った。猫と風景が馴染んでおり、日付変更線を逆に辿る展示もテーマに沿っていてよかったのではないだろうか。

ついでに文具売り場にて、一日一ページの構成になっているノートを探すも、目ぼしいものが見つからなかった。来年まで時間はあるし、最寄りでもっと探そう。その後、バイク店にてメットを見繕い、帰路。

2018年10月16日(火)

2019年にWinampが今風の機能を備えバージョン6として復活する、という記事を見かけた。Winampは手元のデスクトップで音楽を聴くのに現役なため(確認範囲でVersion5.666が最新版なはず)、思ってもみなかった光がにわかに差し込んできた感じがしてる。個人的に音楽ファイルフォーマットをFLACで統一しており、Pro版を導入したりプラグインを入れたりでFLACの再生やリッピングにも対応してくれているのが、今なおWinampから他所へ移れずに使い続けている大きな理由だなあ。以前に音楽に詳しい人との話で、Winampが生き残っているのはUIの設計が優れているんだろう、ということを聞いた覚えがある。

一時期はiPod nanoを使っていたのだけれど、iTunesは挙動がもっさりしていて好きになれず、また頻繁なアップデートも煩わしかったりで、いつしか手が離れてしまった。バージョン6はそれに対抗できる全部入りなんだろうか。

あまり関係のないところで、Android端末では音楽再生にPowerampの有料版を利用してる。

2018年10月19日(金)

虫の声がまばらになってきた。地元のアメダスは明け方に10度を割り込むようになってきてる。

上手く行けば明日午前十時ごろに、ベピコロンボ計画の船を乗せたロケットが南米から打ち上がるとか。

2018年10月21日(日)

名月だけあって月が明るく見やすい。

荷馬車の一行はその日、分水嶺と国境を越えるつもりで、山脈のふもとから延びる街道を縫うように移動して高度を稼ぎました。

山肌や森から尽きることなく湧きだす霧が、荷馬車の周りを灰色の幕で覆ったり、かと思えば翻って陽光を差したりしました。また、日中の風はふもとから熱気をはらんで立ち上っていきましたから、一行にとってその日はずっと追い風だったのです。

家具やわらに日用品といったものが積み込まれた荷車には、メトロノームをそばに置いたメルツェルが腰を下ろして、これから向かう先をきょろきょろと眺めていました。分水嶺を越えた遠く向こうには、青く広い海が見えるはずでした。

その晩は、新月へ向かう月が空の高いところにあって、静まりかえった街路や物陰を、そのほのかな明かりで照らしだしていました。

夜更けの街では人もものも、昨日のことはまどろみの奥深くへと仕舞い込んで、こんこんと休んでいるのでした。

一方で、眠れぬものたちはどこか輪郭がぼやけたまま、降り注ぐ月の光とはい上がる闇とのあわいを縫うように彷徨いました。

月の光がほとんど届かない街の深いところでは、暗闇は水底のように重く満ち、しかし全くの静寂には今一つ届かないような、覚醒を抱えたものたちの潜める微かな息遣いがありました。

もしそこで感覚を澄ませたなら、闇そのものも粒子のごとく遊動していることが分かったでしょう。

波止場から見る海は凪いでおり、ぴちゃぴちゃいう控えめな波音とともに、潮のゆっくり満ちてくる様子が見て取れました。

水平線の向こうまで続くあかね色や紺碧が、それぞれの方角ですみれ色に向かって限りない階調を描き出し、しかもそれらは刻一刻と、宇宙まで続いている黒に染まっていきました。

彼女は桟橋の手前で当り前みたいに突っ立っていました。

夕暮れを背にした波止場の往来を眺めたり、積み卸しや海鳥の喧噪に耳を傾けたり、そよぐ潮風を嗅いだりして、そこにいることをひとりで楽しんでいたのでした。

感覚を感じるままの手放しにしておくことは彼女の良くやる遊びでしたから、人からの干渉を受けない限りは邪魔もせず、退屈もせずに過ごせたのです。

そのうちに夕陽はほとんど海の向こうへ沈み、水平線は一瞬のあいだ、真っ赤な火柱を映しました。天球からこがね色が失われ、彼女の視界に入るものは急速に青みを増し、辺りは眠たいような温度とやわらかな影に包まれていきました。

ちらほらと宵の空に、一番星、二番星と星が現れ出し、船が漁り火を点して続々と沖へ出帆を始めるころ、彼女はおもむろに桟橋から離れると、軽やかに人の波に乗って、その日の宿がある繁華街へと歩いて行きました。

2018年10月23日(火)

柚が色づいていく。

「ムーミン谷の十一月」を今年も読了。どうだろ。そろそろ、ムーミンコミックスを手に入れる準備でもする? クリスマスの贈りものなんかにしてさ。

2018年10月26日(金)

月に二、三冊の本を読むと話したところ「わりと読書好きだ」との評を戴く。昔ならもっと早いペースで読めていたものだなあ。個人的には読書の基礎体力をつけたら、手元に置いている大航海時代のハードカバーに挑みたいところ。

2018年10月28日(日)

午前中に祖母の四十九日の法要が済んだ。喪失から日が経っているものの、この件で僕は、自分自身の気が付かない部分で落ち込んでいるようだなー。生きものの魂が永遠に捕縛されてる理想の世界なんてものはなくて、彼岸というのはここのことなのでは、と雑な思考が浮かぶ。

大昔にクルマの後部座席だか、手に届くところに積まれてあったせいでちらほら読んでいた、SFぽい小説のシリーズ名がTwitterで流れてきて判明した。宇宙英雄ローダン。日本語訳で既に500冊も刊行されているようだけれど、手を出してみようか、どうする。

それから、少年ジャンプ+で少しずつ公開されている「ワールドトリガー」という漫画がわりと面白いかも。

残念な事柄について『自分はあんなひどい連中とは違う』と内心で俯瞰している人たちも、断絶というものの一翼を担っているのではなかろうか。これはちょっと自信ない。

2018年10月29日(月)

叔父と袋田の滝を見に行き、シャモそばを食す。食事処や土産物屋の店先に秋冬めいた安堵を抱く。

2018年10月30日(火)

身体が籠もる準備に入ったしるしとして、植物(園)の鬱蒼として湿度の高い匂いをかぎたい欲求がある。シモバシラは野辺に生えているのだろうか。午前中の穏やかな陽差しに「冬はつとめて」が出てくるような日だった。

2018年10月31日(水)

吐く息が白い。

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