イナカの灯台

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2010年12月

2010年12月6日(月)

日常のことごと。

最近僕は昼寝をするのが日課になっている。主に午前中、あちこち近所の公園に出向いてお日さまの光を浴びながら芝生に転がるのである。これは僕があまり仕事とか収入につながる事に熱心でないから出来る事だ。先月十一月の頭から始めた習慣だが、曇りや雨の日を除いて概ね続いているところを鑑みるに、これは僕にとって良い事だ。寒い日もあるが、日差しは柔らかい。不審の目で見られない程度に続けようと思う。

古本、というか漫画なのだが、百円の中古本を集めるのに凝るようになった。僕は好みにうるさい。色々な欲求を出来るだけまっすぐな形で発散しようと心がけているからだ。わがままとも言う。その中で、近頃見つけて当たりだと感じた漫画。

Amazonへのリンクをタイトルに張っておいた。「できそこないの物語」の第四巻はAmazonで注文し、明日郵便で届く手はず。まだ読んでいないという事なのだが、これはストーリーがおもちゃ箱をひっくり返したような適当さで展開されていて非常に面白いので、扉絵が好ましければ即買いである。「こころ」はかの夏目漱石の作品を現代風にアレンジしたもの。小説と併せて読むと非常に分かり易く奥深い。どの漫画も世界観が明瞭に組み立てられていて割合短く程よくまとまっているが、中でも榎本ナリコ氏の作品はいずれも安定感があり読んで損はしない。まだまだ中古漫画を発掘中なのでこれからも良いものが見つかるかも知れない。そのときは気が向けばここで紹介しようと思う。

先日百貨店でコーヒー豆とお酒を買った。トアルコ・トラジャとモカで迷ったが結局モカ。一応コーヒーミルはあるが、面倒くさいので挽いて貰った。中挽きで少し後悔。僕は細挽きで濃く淹れるのが好きなのだ。ここのコーヒーショップはKEY COFFEEなので、僕が昔から集めているUCCのクーポン券は集まらない。UCCのカード券も持っているのだが、これは期限が切れてしまった。お酒はベイリーズ。三本目である。

こう書いていると僕は何にも考えていないようだが、創作小説のネタで少し悩んでいる。僕は常に三話ぶんローカルに書きためておいて前の一話をアップロードするので、四話ぶん先の話の流れが決まらないのだ。まだアップロードしていない三話ぶんもごちゃごちゃと書き換える。まあ、ラストの描写はすでに決まっているのでそこから逆に繋げていこうかと思う。今のところ二話分の題名は決まっていて、04「ものごとを決めるために必要なこと」と05「それぞれの時の流れ」。お絵かきウサギはガラスの人魚をありていの人魚に還す魔法を訊くために魔法使いの事を追っている、という感じ。ちょいと科学文明の描写も。

それと「Info」の項目にTwitterへのリンクを足しておいた。かといって何かあるわけでもないのだが、とりあえず。

2010年12月9日(木)

今日は何事もなく過ぎていったので、前々から誰かに紹介したいと思いつつ叶わなかった本の紹介をしたいと思う。

九龍城砦 – 宮本隆司(著)

この「九龍城砦」は、159ページに及ぶ九龍城砦のかつてのありのままの姿を写した、宮本隆司氏によるモノクロハードカバーの写真集だ。僕が語るには物理的にも存在としても歴史的にもあまりに大きすぎて言葉にならない。以下、抜粋した文章と写真。これを見て読んで、本を直に手にとってくれる人がひとりでもいれば僥倖だ。

消滅した都市──宮本隆司

九龍城砦が消滅した。……

九龍城砦人間は時に、まったく想像を絶するものを作り出すものだ。九龍城砦は、国家と国家の狭間にあって、幾多の偶然の重なりで出現した都市であった。……

九龍城砦は、中国人の集合的無意識の巨大な結晶体なのだ。たまたま私たちの目の前に立ち上がった、奇跡のような、人類の営みの類いまれな超絶現象でもあった。

九龍城砦は、今世紀最大で最後の迷宮だった。……いずれにしても、九龍城砦は消滅してしまった。すでにこの地球上には存在しない。汚濁と苦悩にまみれていながら、どこか崇高で孤絶していたもの。その深い闇と混沌を直に見ることは、もう永久に不可能なことになってしまった。九龍城砦は、人々の記憶の中でのみ永久に生き続ける伝説の都市となったのである。九龍城砦

巻末の方に荒俣宏氏によるテキスト、「九龍城砦 最後の迷宮」と大橋健一氏の解説「九龍城砦の歴史」があるが、前者は現地からのレポート風になっているため、実際に読んで味わって貰いたいと思う。後者を抜粋。

九龍城砦
龍城砦――香港啓徳国際空港の北西数百メートルに位置するこの2.7ヘクタールの空間には、「魔窟」、「東洋のカスバ」、「犯罪の巣窟」等々、ありとあらゆる負のイメージが長きにわたって付与され続けてきた。この空間を埋め尽くしていた約500棟にものぼるといわれた不法建築群の取り壊しがすべて完了し、公園として整備された今日においてもなおそのイメージは人々の間に流布している。……

……

九龍城砦九龍城砦が好都合であったのは、少しでも安く住める場所を求める一般の難民にとってばかりではなかった。中国の社会主義化に伴って活動に制約を受けるようになった黒社会は、地元香港の黒社会と結託し、この九龍城砦を活動の拠点とした。1950年代から60年代にかけての九龍城砦には、その後の九龍城砦をめぐる「魔窟」伝説を構成する賭博、麻薬、売春などが存在したほか、これらの客寄せに行われたストリップショーや香港では禁止されている犬肉料理店もあったという。しかし、これらの存在が可能であったのは、必ずしも九龍城砦がもつ政治的真空地帯としての無政府性、無法性そのものにのみ由来していたとは言えない。実際には、賭博、麻薬、売春などは、当時九龍城砦の外にも存在していた。むしろ黒社会が、九龍城砦のそのような特殊性に目をつけ……

九龍城砦……この間、九龍城砦の人口は増加を続けてゆく。1950年代初頭、数千人であった城砦内の人口は、60年代までに2万人を越え、82年に「街坊福利事業促進委員会」が行った調査では、約1万2千戸、約四万人にまで増加している。同時に、50年代当時は、木造バラックや木造、石造の低層家屋によって構成されていた九龍城砦は、60年代に入るとコンクリート化、高層化し始め、60年代末から70年代にかけて何度も建て替えられながら更に高層化し続け、80年代までに最高16階建ての高層ビル群がほぼ空間を飽和状態に埋め尽くすに至った。……

九龍城砦……九龍城砦は決して社会解体の進行という意味でスラムではなかった。劣悪な居住環境、外部に流布するダーティーイメージとは裏腹に、そこには政治的真空地帯としていずれの政府からも干渉を受けないが故に自律的に形成された特異なコミュニティが存在していた。……

九龍城砦 九龍城砦しかし……1991年10月から93年3月まで3段階にわたって行われた立ち退き作業の後、九龍城砦はわずか10ヶ月で解体された。

1995年、九龍城砦の跡地には、中国伝統様式の建物を配した公園が完成した。ここには、1843年頃に城砦内に兵舎として建てられ、その後立ち退き作業開始の間際まで老人センターとして使われていた建物が改装され、”歴史的建造物”として残されているものの、激動する戦後香港社会で人びとの生存への意志の結晶として出現したあの特異なコミュニティについて記憶を辿れるものは、何も残されてはいない。(大橋健一)

「汚濁と苦悩にまみれていながら、どこか崇高で孤絶していたもの」との言葉そのもの、それがたぶん「九龍城砦」だ。本屋で見掛けた折には是非手に取ってみて欲しいと思う。

2010年12月10日(金)

以前の日記で「温泉に浸かりたい」と書いたが、今日はその温泉へ行ってきた。大田原市黒羽の町営温泉、五峰の湯だ。

国道294号線沿いに「くらしの館」という観光施設がある。そこの十字路をローソン側に折れ道なりに行くと、三つ目の交差点辺りに小豆色した「五峰の湯」というのぼりがいくつも立っている。のぼりの連なる右手へぐるっと曲がり行った先がそこだ。市営バスも出ているらしい。JR西那須野駅東口から乗る市営バスの終点が五峰の湯、とのこと。温泉スタンドというのもあり、五峰の湯駐車場脇のスタンドで10リットル10円で販売されている。僕が来た時も帰る時も、それぞれ違う軽トラックがお湯を積んでいる最中だった。

入浴料というか施設の利用料金は大人ひとり五百円。ちょっと高い気もするが、施設全体の利用料だと思えばいい。レストランや農産物の直売所も施設の一部であり、他に大広間二つとその間に自販機やマッサージ器などの置かれた休憩所がある。

まあなんだかんだ言いつつ男場に入った。更衣室は割合の清潔感でドライヤーが置いてあった。写真を撮れなかったのが惜しまれる。コインロッカーで着替えて浴場へ。

まずはお湯をかぶって体を洗い、大浴場へそろそろと入る。このお湯、ぬるっとして粘性を帯びている気がする。pHが高いのでこう感じるらしい。パンフレットには「肌触りが非常に滑らかで皮膚に良いことから、『美人の湯』と呼ばれ大変好評です」とあった。熱さも適当で良い感じだ。ちなみにパンフには「男湯と女湯は一週間のローテーションで入れ替わります」とある。今回、ジャグジーがあるのは女湯の方だったらしい。些細なことではあるが。

洗ってさっぱりした頭の中で樋口了一の「1/6の夢旅人 2005ver」を口ずさみながら、のんびり湯に浸かった。温泉の宿命なのか田舎の早朝だからなのか知らないが、大浴場にいる人たちは10人強、大体60~70代のじいさんばかりのようだ。見れば裸で大浴場の外へガラス戸を通って出て行く人がいる。露天風呂というのはあれのことらしい。急ぐ必要もないからボケッとガラスの向こうの空を眺めていた。

んで、那須連峰を臨みつつ風に当たりつつ湯に浸かるのも良いかなと考え始め、だんだん上せてきたところで湯を上がった。前を隠さない男気溢るるおっさんもいるが、僕には真似出来ない。あまりしたくもないのが正直なところだ。とりあえずぺたぺたと露天風呂の方へ歩いて行った。

二重のガラス戸を開けて出たところで、隣のやはり露天風呂からわしわし響く声が聞こえた。おばさん連中がお喋りに花を咲かせているらしい。こちらも壁一枚隔てた露天風呂に入って浸かった。表の空気と風がぴりっとして気持ちよい。この風は那須の茶臼岳から吹いてきたものであろう、と勝手に決めつけた。植え込みのために男湯の方からは山が見づらいのだ。そのうち風呂の縁、木枠の角へ移動して、腕を広げて乗っける形でくつろいだ。相変わらずだみ声が届く。幸せな人はそれに気付かないからいけないだとか、うちの亭主の遺言がとか、日本人は金かねカネだ、とか。かわってこちらの露天風呂は静かである。男同士の静かなる連帯感である。

おばさん連中の幸福と人生論をぼんやり聞くうち頃合いを見計らって、連れのじいさんへ先に上がるよ、と言い残して出て行く中学生かそこらの子に続いて湯を出た。もう一度シャワーを浴びて体を拭き、更衣室へ。服を着替えてドライヤーを借りる。先月髪を切った折に縮毛矯正を掛けた髪なのですぐ乾いた。どうでもいいことではあるが、僕の地毛は猫っ毛で癖毛なのだ。ぼさぼさ。だから普段の風呂上がりは髪全体がうねって毛先も跳ねる。面倒くさいのでひと月とちょっと前、担当の美容師さんにストレートにして貰った。この美容師さんからは健全な肉体の維持の仕方を教わり、現在実行している最中である。じきまた散髪しに行くから少し驚いて貰えるだろう。

男湯の暖簾を再びくぐり、休憩所でドクターペッパーを買った。この癖の塊のような味がたまらなく好きなのだが、その辺の自販機ではあまり置いていない。飲みながら大広間の空いているテーブルへ移動した。見ると通路の突き当たりの奥の方にレストランがある。ちょうど昼時だし、ということで、飲み終わってからそちらへ赴いた。

山菜そばレストランは小さくて空いている席も一つだけだった。掻き込み時と言うことでおかみさんも忙しなく動き回っている。メニューを見ると、鮎の定食は4~10月までとなっていた。海鮮丼などはお高い。チタケそば・うどんというのは美味しそうだが旬のみの販売となっていてこれも高い。結局、山菜そばを頼むことに。待っているうちにおばさんの二人連れが空いた席を探していたので正面を譲った。

程なくしてそばが運ばれてきた。お先にと言って啜る。問題なく美味い。ちびコウを取り出して写真にぱちり。

腹八分目ほどに満たされたので席を離れてお会計へ。650円。ごちそうさまと言うと「どうも~」と返ってきた。先ほどの大広間のテーブルに戻り、その辺のおっさんたちの真似をするように横になってMP3プレーヤーを掛ける。こういうのはのんびり出来て良い。

ランキング壁に張ってあるポスターや広告、雑誌の切り抜きを眺めているうちに面白いものを見つけた。栃木県内の温泉施設の充実度、接待の様子、泉質をそれぞれ数値化して並べたもので、ここ五峰の湯の充実度は県内6位とある。誰が投票してるんだろうと思いながらこれも写真に撮った。

お金を払ったとはいえ、いつまでもだらだらしている訳にもいかない。そろそろ行くかと受付を出て駐車場へ降りていった。

民家 かご帰り際に「くらしの館」へ立ち寄った。今は季節を外しているがこの近くには黒羽の観光やなもあり、そこそこ賑やかなところである。くらしの館そのものはわらぶき屋根の民家を改装して無料で開放しているもので、その隣にふるさと物産センターという直売所がある。ここは朝九時から夕方六時まで営業していて、第二第四木曜日が定休日。一通り家の中を見て回って、千歯扱きやら何やらの昔の農具も見学してから帰途についた。うむ、今度また温泉に行きたい。

2010年12月17日(金)

今朝、なんだか寒くて目が覚めた。室外の温湿計を見ると摂氏二度。タイマーを掛けておいたはずのエアコンは動いていない。お布団の中でもそもそやって、きつねのでっかいぬいぐるみに抱きついているうちにしっかり目が覚めてしまった。

今日の予定は銀行にお金を振り込んでくること。先週にf-planning フリーピストン空き缶スターリングエンジンというサイトからスターリングエンジンのおもちゃを購入したのだが、その支払い用紙の期限が今週いっぱいだったのでぼちぼち出掛けることにした。今朝みたいな寒い思いをするくらいなら代引き支払いにしておけば良かった。

ちなみに販売しているこのスターリングエンジンは半分完成品、つまり組み立て式となっている。用意するのははさみとセロハンテープくらいだが、ただでさえ繊細なこの手の機械を手のひらサイズにまで縮めたのだから、組み立てには結構な注意を要する。スターリングエンジンのおもちゃおまけに僕の組み立てたエンジンは外付けHDDの熱くらいでは動かなかった。取説には熱いお湯を注いだカップの上に乗せて~等と書かれているがそれでも動かない。たぶん部屋の空気温度も重要なのだろう。シリンダーの輪ゴムの取り付け位置を調節する必要があるのかも知れない。いずれにせよ僕のスターリングエンジンは今、鏡餅のようにHDDの上で鎮座在している。この形式のエンジンが黒ダイヤの時代の中にあって廃れていったのも頷けるほど、非力だ。

話が逸れたが、朝っぱらのひりひりする空気を突っ切って、まず近所の公園に出向いた。昼寝なのだ。朝寝でもある。どちらにしても日光浴である。これをすることは現代人が毎朝携帯電話の充電器を弄ることと同じくらい重要だ。本日は晴天、風も弱く日光浴に向いた天気であった。が、僕はこのごろお日さまの力が弱くなっていることを実感している。冬至に近く日差しが低いからだ。午前中でもあるし。芝生に寝転がったのは良かったが、さして経たないうちに気分が変わり近所の古本屋へ向かった。

古本屋では爺さんがひとり奇声を発しながらうろいていた。あまり居心地は良くない。昔読んだドイルの「四つの署名」等のお会計を済ませて早々にTSUTAYAへ移動した。人も多く雑然とした空気だがこちらの方が気分がよい。季語集と漫画の続き物を幾つか購入。以前この日記で単巻ものを好んで読むと書いたが、面白そうなものならその限りではない。それと僕は夏の歳時記を持っている。ただ、一年の四分の三を追憶とあこがれに生きるのは厳しいのだ。夏しか詠めないというのもちと寂しいものもある。そんなわけで、元来共感能力の低い僕だが、割と仕方なしに目にとまった季語集を買ってしまった。

本屋から銀行までの道は一直線だったはずだ。あやふやな記憶を頼りに原付を飛ばしたが、目当ての銀行は見つからなかった。おまけに、違う銀行店内に入ってからスターリングエンジンの払込書が郵便局のものだったことに気付いた。鈍くさい。町中を突っ切って郵便局へ。しかし、郵便局内のATMで今度はカードが使えなかった。忘れていた、このカードは傷を付けたか磁石を近づけたか何だかで以前から使用不可になっていたらしいのだった。窓口で依頼するとATMより手数料が少し高く付くという。面倒くさかったのでそのまま支払いの手続きをした。ああ、こうしているから使えないカードをいつまでも財布に突っ込んでいるんだな。

たったひとつの用事も済んだので喫茶店・茶羅へ寄った。喫茶店本を買った日は割合よくこの店で読書することにしている。頼むのは大抵アレンジコーヒー。この茶羅で使っている美味しい生クリーム、いつか、どこのものを使っているのか聞いてみたい気がする。今日頼んだのはアイリッシュコーヒー。冷たく濃いクリーム、熱々のコーヒー、底にざらめ糖がたっぷりと入ったこのカクテルは実に僕好みだ。お日さまの差す席へ着いたのは良かったが、写真を撮る時逆光になってしまった。しかしながらこの茶羅はよい。オーナーが趣味で経営しているといううわさ話を小耳に挟んだことがあり、僕はその趣味に四つ星の評価を付けたい。五つ星でないのは日曜が休店日だからだ。のんびりページをめくって、時折コーヒーを啜って、適当なところで時間を見計らって店を出た。

体を壊してからというもの、寒さに触れる折々に体の末梢神経がぴりぴりと痺れを起こしたものだが、今日の帰り道もこの季節も何事もなく、どうやらことは快方へ向かっているらしい。この寒さの中、羽田沼のハクチョウがすでに飛来しているとのことなので、そのうち見に行こうと思う。

それから。このサイトの更新情報をRSS(XML1.0)形式で公開することにした。不定期更新の為にいちいちこのサイトに来る手間が省けるので、興味がおありの方はリンクから巡回してみるのも良いかも知れない。

2010年12月24日(金)

また五峰の湯行ってきた。休憩所の自販機でドクターペッパーを三本買って持ち帰ることに。

週替わりなので男湯と女湯が入れ違っていた。今週の男湯の方が露天風呂は格段に広い。正十二角形らしい檜枠に両腕を預けて風に当たる。これがすこぶる気持ちよい。他の入浴客が上がって一人きりになってから長らく、ぼーっと露天風呂を貸し切りにしていた。こちらの風呂の壁にはどの向きが那須連峰のどの山だとかの案内板が張り付いている。興味が湧かなかったのと移動するのがめんどくさかったのとで良く見もしなかったが、だいぶ細かい解説が付いていたっけ。

先日、この日記兼雑記の左枠の一言板に佐久山のきみのゆへ行ってきたと書いたが、施設の雰囲気と泉質は五峰の湯の方が個人的に好みだ。地元用語で言うと「なめっこい」湯、ぬるりつるりとした湯の感じは五峰の湯ならではなのだろう。佐久山温泉きみのゆの雑然とした賑わいと比べると、五峰の湯はまったりのんびりしていていかにも地元らしい。先だっての日記の写真のランキング、あれだけを見ると五峰の湯はちょいと垢抜けてない勢いだが、入浴客の絶対数が佐久山温泉の方が多いから票も伸びているのだろう。

二つ忘れていた。きみのゆの満足度が高いのは浴場の施設の充実度も大きいのだ。電流を流してマッサージするらしい電気びりびり風呂が大浴場の端に二人分あり、入ってみると非常に痺れるのだ。好んで入るお客も入るようで、僕がああ~と痺れている目の前でふう~とため息をついて電気びりびり風呂に浸かる人がいた。個人的にはあまり気持ちよくない、というか非日常的感覚の違和感まみれの風呂なのだが、お年寄りのツボを刺激するのにはむいているらしい。それときみのゆにはサウナ風呂がある。入れてせいぜい六人程度のひな壇式サウナ風呂で、なにやらサウナ風呂向けらしい十二分時計が目にとまった。僕は先日が初めてのサウナ体験だったのだが、とにかく汗をかく事著しい。十二分も経たないうちに撤退。サウナ室を出てからまっすぐ露天風呂に浸かり、表の風の爽やかさを実感した。

もう一つ忘れていた事、大田原市の温泉パンフには五峰の湯ともう一つ、湯津上温泉やすらぎの湯というのがあるのだ。湯津上方面へ出向いた事はあまりなく、温泉のある事も知らなかったが、パンフでプッシュされているなら行ってみるのも良いだろう。休業日が毎週月曜日、第四火曜日、年末年始とあるから、今年のうちに行くとすれば明後日までだ。お天気と気分が良ければ行ってみようと思う。

それから。大田原市に住んでいて大田原温泉(太陽の湯)へ入った事がないというのも何だかなあという感じなので、これは近々気が向いた時に出向いてみるつもりだ。上のリンクから飛んでいける大田原温泉のサイトには地域のイベント情報が割と頻繁に更新されているので、要チェックである。

ハクチョウ五峰の湯の帰りに羽田沼へ寄った。ハクチョウがやってきているという話を大分前に聞いたのでもう大勢いるのかなと思ったが、羽の薄黒い一歳になったばかりの子供を含めて十羽ほどしかいなかった。大勢のカモや名前の知らないのに混じってぽつねんと浮かんでいる。眺めているうちに合図したようにハクチョウの群れが一斉に滑空していった。柵の手前には大砲みたいな迷彩を施した一眼レフカメラが三脚の上で異彩を放っていた。休憩所から談笑が聞こえてきたから、近所の人なのかも知れない。最盛期には千羽を超えると言うからその頃また羽田沼へ行ってみるつもり。市の反対側の琵琶池にも少数ながら飛んでくると言うから気にとめておこう。

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