物語の端切れ

「煙草は嫌いかい?」
「別に」
これが最初の会話だった。
     ──『二人のフランチャイズ』

ひとりではいられないために:海の魔法と瓶のふた

山を下ったところで、お絵かきウサギは大きく息をつきました。

「ぜえ、はあ」

「あれ、あたしの瓶がない」

「はあ」

「あれがないと帰れないのに、どこやったのよ」

お絵かきウサギはだんまりしたままです。

「さっきの追いはぎが持って行ったの」

「はあ」

お絵かきウサギは手頃な草地を見つけてごろりと寝転がりました。

「少しウサギさんを放っといてあげなさい」

荷車の藁の中から声がしました。

「あんなに走って、絵の具箱も調色板も、懐中時計まで投げ出して」

「あんたはそう言っていられるけどね、そのガラスのしっぽだって」

瓶の妖精は腰に手を当てて言いました。

「むやみやたらに走ったもんだから、ごんごん荷車に当たってまた少し欠けたのよ」

極めつけに、こう言いました。

「あたし、あなた方とはおさらばしても、あの瓶とは手を切れないんだからね」

「ウサギさんが無事でないことにはどうにもならないんですよ」

「まあ、それは」

ガラスの人魚の反論に、お絵かきウサギが口を挟みました。

「はあ、出来るだけ丁寧に動かしたつもりだったのですが、ふう、欠けちゃいましたね」

「ましたねって、あたしの瓶も落ちて割れていたらどうしてくれるのよ」

「ちょっと考えますから、休ませて下さい、どうせなるようにしかしやしません」

そう言ってお絵かきウサギは横になると、長い耳を抱え込むようにして眠ってしまいました。

「ああもう」

瓶の妖精はガラスの人魚の周りを忙しなく飛び回っていましたが、やがて同じように横になってしまいました。


昼下がりになって、山賊のしたっぱのひとりが見張り台から声を上げました。

「おい、あの荷車のウサギがまた来たぞ、親分に知らせろ」

お絵かきウサギは木の梢に隠れた物見やぐらをめざとく見つけて、手を振りました。

「あいつ手を振ってるぞ、俺が見に行ってやろう」

「じゃあ、おれは親分に知らせに行く」

したっぱの山賊は道の真ん中に出て、通せんぼをするように両手を伸ばしました。

「おい、ここは通行禁止だぞ」

「先ほどはとんだご無礼をと思い直しまして」

お絵かきウサギは荷車を置くと、ぺこりとおじぎをしました。

したっぱの追いはぎは少し後ずさりしましたが、どすを利かせるように言いました。

「お前は金目のものを置いていったからもう用はない、失せろ」

お絵かきウサギはへこへこと笑いました。

「はい、ですが、山賊の団長さまの許可がなければここは通れなかったと申されましたよね」

「その通りだ」

「無断で通ってしまった手前、ここは直に団長さまに拝見して正しい許可とお許しを頂いてから、というのが筋だと思ったわけです」

「それは」

したっぱの追いはぎは言葉に詰まってそわそわし始めました。

そこへもう一人の追いはぎが駆けつけて、二人でこそこそ話したあげく、こう言いました。

「何の目的か知らないが、とにかくお前を引っ張ってこいとのご命令だ。その荷物と一緒にな」


洞くつの中はせまくて、荷車が何度も引っかかりましたが、荷物と一緒と言うからには仕方がありません。

お絵かきウサギはずいぶん骨折って、奥の奥の広間に出ました。

そこのいちだん高い鍾乳石のふちに、片眼被いの団長が腰かけてお絵かきウサギたちを睨み付けていました。

「他のものは下がっていろ」

大きく響く声で一喝すると、したっぱの山賊たちはこそこそと洞くつのどこかへ隠れていきました。

それを見届け、広間にお絵かきウサギと自分だけになると、片眼被いの団長はふうと一息つきました。

「おれに会いたいだと」

「ええ、何しろここら一帯を取り仕切ってらっしゃるお方ですので」

「腹割って話そうじゃないか」

片眼被いの団長はかたわらのお酒をカップにつぎながら言いました。

「お前のことは少し聞いて知っているんだよ、大陸を股にかけた旅ウサギ」

お絵かきウサギはにこにこと笑ったままです。

「その耳と目で心あるものと話が出来る、そうだな」

そう言って片眼被いの団長はにやりとどう猛に笑うと、お酒を突き出しました。

「そうだろう、まあ飲め」

「私は、お酒など」

「酒に弱いって事があるか。なあいるんだろう妖精よ、お前の瓶はその辺に積んである」

瓶の妖精は、へ、と間抜けな声を出しました。

「それが取り戻したくてここまで連れてこられたんだろう、旅ウサギ、お前の話が聞きたいな」

お絵かきウサギはにこりと笑ってお酒を受け取り、ゆっくりと飲み干してから言いました。

「ばれているんじゃあ仕方ないですね、絵の具も返してもらえるならそうしましょう」

「いいとも、絵を描く文化人などここにはいないのだからな」

片眼被いの団長ははたと気付いたように言いました。

「そうだ、俺の絵が描けるか」

「いいでしょう、描きましょう、瓶と絵の具が返してもらえるなら。描きながらお話ししましょう」

「この格好でいいか」

「あごをもう少し引くと引き締まっていいですよ」

「うん、おれはな、片眼を痛めてから、心あるものを示すものが見えるようになったんだよ」

片眼被いの団長はまっすぐに視線をとどめながら、荷車に向かって言いました。

「そこにある人魚像もそうらしいな、少し痛んでいるようだが、大丈夫なのか」

お絵かきウサギは一呼吸置いてから言いました。

「お気遣いがうれしいと、がまんするような傷ではないと言っていますね」

「そうか。どうも自分の秘密を明かすのは初めてなのでな、お前のような奴らと話すのは不思議な心地がするよ」

「ものにはみな心があるのですよ」

「その通りだ、だからおれはものを集めるのが好きなんだ」

そう言って片眼被いの団長はいったん格好を崩すと、ふところからお絵かきウサギの懐中時計を取り出しました。

「お前の落としたこの懐中時計、これは頂いておくぞ」

「それは困ります」

お絵かきウサギは抗議しました。

「あなたはもういくつも懐中時計を持っているのでしょう」

「ああ、持っている、山ほどな」

「僕の一個ぐらい、見逃して頂けませんか」

「さあてな、ものを集めるのがおれの性分だからな」

取り出した懐中時計をゆっくり眺めて、片眼被いの団長は呟きました。

「中々な思い出の詰まった懐中時計だ、見ていると楽しくて飽きない」

そして片眼被いの団長はいったん片眼を閉じ、少し考えてから言いました。

「まあ、お前も隠し持っているお話を打ち明けられるなら話は別だ」

お絵かきウサギは黙ったままうなずいて、両手の親指と人差し指で窓を作りました。

「そのまま、そのまま。さて、お話をしましょう。秘密なもの、不思議なもの、可笑しいもの、どんなお話がいいでしょう」

「全部だ、聞きたい」

「分かりました、では」


「あの団長、へんな人だった」

二晩ぶりに日の光を浴びながら瓶の妖精は言いました。

「彼はふつうなのですよ」

お絵かきウサギはまた四苦八苦して洞くつから出ると、つぶやくように言いました。

「追いはぎのお頭をやっている割には、でしょう」

ガラスの人魚が口を添えました。

「私の尾びれのことにも気付いて下さったし、案外いい人なのかも知れません」

「それもありますが」

お絵かきウサギは言いました。

「自分だけが見聞き出来ることを閉じ込めておくには、人は少し小さすぎるのでしょう」

「だからウサギさんも」

「いえ、僕のはただのお喋りです」

そう言ってお絵かきウサギは洞くつと物見やぐらに手を振りました。

「東の方に町があると教えてくれましたね」

「ええ」

「この方角で間違いないようです、行きましょうか」

お絵かきウサギは荷車をまた曳き始めました。

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