物語の端切れ

本と友人は選びなさい。

かみつれ草と瓶のふた:海の魔法と瓶のふた

雨が降っていました。

大きな木の陰に荷車が置いてあって、そのとなりでお絵かきウサギが雨雲を眺めていました。

「やれやれ」

お絵かきウサギはそう言ってから荷車の中へ声を掛けました。

「外がよく見えますか」

「ええ」

声はすぐ返ってきました。

「木の下で雨をよけるのは、楽しいことですね」

「ガラスの人魚さん、あなたはぬれても構わないのでしょう」

お絵かきウサギがこう言うと、ガラスの人魚は心持ちはずんだ声で言いました。

「隠れているようでわくわくしますよ」

ずっと広場の真ん中で過ごしてきたものですし、とガラスの人魚は付け足しました。

「でも、足をどろんこに突っ込むのは楽しくないですよ」

いくぶんかむっつりとしてお絵かきウサギはそう言いました。

「次の町まで、もうすぐです。たぶんあれがそうでしょう」

お絵かきウサギが指した方角の遠くに低い家並みが見えました。

「この雨が止んだら行ってみましょう」

雨をはらんだ雲は次第にほつれていく様子でした。



最初の町は前の町より小さくて、かねの付いた尖塔も広場もありませんでした。

「雨が止んだから、通りに市が立つでしょう。明日の食べ物を仕入れましょう」

お絵かきウサギは荷車を曳きながら言いました。

「どこかで納屋を借りたら」

ポケットから懐中時計を取り出して時間を確かめると、

「僕は酒場を探します。あなたもうわさ話を聞き漏らさないように」

そう言ってひとけの集まりだした道をするすると抜けていきました。

その道で駄菓子屋やくだもの屋に混じって聞き込みをしていると、脇から声がしました。

「どうしてガラスの人魚なんかがほっつき歩いているのかしら」

声は花売りの店先からしたのでした。

「隣町の市場でふんぞり返っていたはずなのに」

お絵かきウサギが立ち止まると、ガラスの人魚はむっとした調子で言い返しました。

「ふんぞり返ってなんかいません。今は旅の身です」

「見世物の方がいくらか近いんじゃないの」

こんもりとした束のそばから瓶の妖精が顔を出しました。

「あなたこそ、切り花に憑かれてしまって、いつ枯れるのでしょうね」

「まあまあ」

お絵かきウサギは荷車を置き間に入ると、顔を近づけて尋ねました。

「妖精のつてを貸して頂けませんか。魔法を探しています」

「このウサギ、喋れたの」

「私と海まで旅をしてくれている絵かきのウサギさんですよ」

「まあ」

口を開こうとしたお絵かきウサギの横から花売りのおかみさんが声を掛けました。

「いかがですか。お花は入り用ですか」

ガラスの人魚と瓶の妖精に素早く目をやったあと、お絵かきウサギはにこにこしながら会話をつなぎました。

「見ての通り、風来坊の絵描きですよ。このかみつれ草の花束はさぞ花持ちが良いのでしょうね」

「よくわかるのね」

花売りのおかみさんは嬉しそうに、でも少し困ったように言いました。

「もうだいぶ長いことこの店先を飾ってくれているのですが」

「売れない、と」

「他の花は皆さんよくお求めになるのですけれどね」

言葉を継いだお絵かきウサギに、花売りのおかみさんは参ったというようにうなずきました。

「つまりあんたはあの町を捨てたわけね」

「私の後釜が決まっていたから仕方がなかったんです」

「じゃあ町の人に捨てられたわけね」

「ひいきの方だって居たんです」

わいわい騒いでいる二人の間に待ったの手を入れて、お絵かきウサギは言いました。

「このかみつれ草の花束を花瓶ごと売ってくれませんか」

「あら、買って下さるの」

お絵かきウサギは耳をかいて、しまったというそぶりをしました。

「そういえば手持ちがないんだったな」

おかみさんはそりゃまあと笑ってから、花瓶ごと、と尋ねました。

「はい。この瓶はどちらで貰ったものでしょうか」

「さあねえ、通りすがりの商人さんが譲ってくれたものだから」

そうですかと言って、お絵かきウサギは話の矛先を少しかえました。

「おかみさんが花を売っているあいだ、僕はその絵を描きましょう。それと交換ということでどうでしょう」

「もったいないお話だこと。いいでしょう」

話が決まると、お絵かきウサギは荷車を店先の後ろによけてから、おんぼろな三脚を取り出しはじめました。



その夜、町外れの農家の納屋で、瓶の妖精がかみつれ草のお茶を飲んでいました。

ガラスの人魚は寝わらの一角に埋もれていました。

「かみつれ草には心を落ち着かせる力があるそうですよ」

ガラスの人魚はそう言って、はあ、とため息をつきました。

「私は飲めないから、詳しく分かりませんけれどね」

瓶の妖精はだんまりしたままです。

「その花はここのお百姓さんの香草園で採られたそうですね」

ガラスの人魚は言いました。

「まわりの香草たちと同じように、薬師の家の棚に飾られるのが楽しみだったのに」

瓶の妖精はふてくされたように言いました。

「気ぜわしく花なんか咲かせるから摘み取られちゃったのさ」

「お茶になれて悲しみもいくらか晴れたことでしょう」

ガラスの人魚はなだめるように言いました。

「あなただってかみつれの花から解かれてほっとしているのでは」

「うるさい」

しばらくのあいだ納屋は静まりかえって、ときおりお茶をすする音がして、一刻ほどが過ぎました。

「帰りましたよ」

引き戸を動かす音がして、お絵かきウサギが入ってきました。

「仲良くしていましたか」

「誰が」

とっさに瓶の妖精が言いかけましたが、お絵かきウサギは何処吹く風で寝わらに腰掛け、ことの報告をしました。

「酒場はだめでした。小さな町ですから仕方ありませんが、魔法のつてを知っている人はいませんでした」

「まほう」

「私をありていの人魚に還す魔法のことですよ」

ガラスの人魚の言葉にうなずいてから、お絵かきウサギは瓶の妖精に顔を向けました。

「瓶の妖精さんも何かご存じありませんか、そういった魔法のことを」

「ふんだ」

そう言うと瓶の妖精はふくれっ面をしました。

「力を貸してくれるなら、あなたの瓶のふたを探すことにこちらも力を貸すのですよ」

お絵かきウサギはにやりと笑って言いました。

瓶の妖精はぴくっと肩をふるわせました。

「瓶のふた」

ガラスの人魚が拍子抜けした調子で尋ねると、お絵かきウサギは向き直って話しました。

「この妖精さんは余所へ行こうとして瓶の中へ飛んでしまい、そのとき誰かがふたを取ってしまったのでしょう」

「どうして通りすがりのウサギが知っているのかな」

しおれた様子で瓶の妖精は言いました。

「妖精界をつないでいる抜け道たちは、きちんと整えられていないと通れないと聞きます」

お絵かきウサギは取り出した8の字パンをかじりながら言いました。

「この瓶を通らないと妖精さんは妖精界に戻れない、ふたのない瓶は通り道に戻れない」

「文無しがどうして食事にありついているのよ」

「酒場でカードをやりましてね、勝ったからお金と一緒にもらいました」

あなたもどうぞと言われて、瓶の妖精は思わずうん、と8の字パンを受け取りました。

「その上、このかみつれ草にからまれて、どうしようもなくなっていたのでしょう」

そう言うとお絵かきウサギはお茶をカップに注ぎました。

「負けちゃったみたい」

瓶の妖精は足を投げ出して、驚いているガラスの人魚の方へ目をやりました。

「あんたがありていの人魚に還るための魔法、だって」

「還るかどうかはまだ決めてないけれど」

「瓶の口に合うふたが先に見つかったらあたしは帰るから、それまでね」

そう告げて瓶の妖精は8の字パンを食べ始めました。

「ありがとう」

おずおずとガラスの人魚は言いました。

「さてさてと、明日は早いですから食べて寝ましょう」

満足げに言うと、お絵かきウサギもカップに手を伸ばしてかみつれ茶を飲み干したのでした。

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