物語の端切れ

「ここがどこだか知ってるのかい?」
「いいえ」
「私もどこだか知らないのさ。君は誰だい?」
「……私も知らないの」     ──『no named』

二人のフランチャイズ#01:曇り空

カン、カン、カン。

――この非常階段は、確かここの屋上に通じているはずだったな。

ぼんやりとそんな事を思いつつ、私は赤錆が浮いた階段を上っていった。

カン、カン、カン。

「はー」

ため息をつく。

このところ、いつもこうなのだ。すると学生時代の癖でそこらの屋上へ出向いてしまう。近頃では規制で入り込める場所も大分減ったし、行ったところで何をするという訳でもないのだけれど、とにかく屋上へ行けば一息つくことは出来る。コーヒーも貰ってきたし。

あぁ、私は近所のコンビニで夜勤をしていて、それで日中は暇って訳。

この歳でバイト以外に何もない生活なんてちょっと味気ないが、別段何をしようという気も起きないし、真面目に就職をしようという気もまた起きない。今はそれでいいだろう、今は、と思う。

「はあーぁ……」

どうも面倒なことを思い出す度にため息が出る。私はワイルドカードを振り出して火を付けた。

大きく吸い込んで、ゆっくりと吐きだす。私はこの煙草の煙を吐き出す瞬間がとても好きだ。よく変わった銘柄を吸っているねと言われるが、この煙が喉を通る感覚は吸わないと解らない。

八、九階はあろうかという階段を上り詰めて、ようやく屋上。ふぅ。

「あ」

そこには先客がいた。

思わすこぼれた私の声か、足音で気付いたのか、その子はふっと振り返って私の顔を見た。高校生ほどだろうか、ショートカットに整った顔立ちの女の子で、その顔には感情らしきものが映っている訳でもない。目が合ったのはほんの一瞬のことで、彼女はすぐにまた手すりから下の通りを眺めるのだった。

私は一瞬迷った。ここは彼女のフランチャイズで、でもようやく見つけた屋上で、コーヒーが冷めるし……。

まぁいいや。私は彼女から少し離れた柵の上に飲みかけのコーヒー缶を置いた。この廃ビルからなら大抵の建物が見下ろせる。なかなかの物件だ。

眼下の景色に目を遣る。往時の活気など見られない、少しくたびれた街。何年か前にすこし離れた場所で新都市の建造が始まって以来、この街はめっきり寂れてしまった。ここからもその新都市とやらが見える。超高層建築が立ち並ぶ近代的な計画都市だ。

そんな眺めをぼんやりと視界に入れつつ、冷めかけたコーヒーを飲み干した。これが吸い殻入れって訳だ。以前足跡を残してお気に入りの屋上を閉ざされてから、この手の事には慎重になった。バカだなとは思う。

ちびた煙草でもう一方に火を移しつつ、ちらりと隣の彼女に目を遣った。こちらは先と同じように下の数少ない人通りを眺めたまま。

歳は高校かそのぐらいだろうが、制服姿って事は公立校かどこかだろうか。

平日のこの時間にこうして学校をサボっているあたり、まるで学生時代の私だ。

なぜか、何となくだが親近感が湧いた。私は三本目の煙草に火を移すと、それから彼女の隣に場所を移した。

彼女は初めの時と同じようにゆっくりと振り向いて、無表情で私の顔を見た。

「ここ、いい?」

私は軽くそう言って、返事を待たずに続けた。

「煙草は嫌いかい?」

「別に」

これが最初の会話だった。

「チョコレート」

「コーヒーと言って欲しかったな」

彼女はまた下を眺めた。

「何が見える?」

「あれ」

彼女が指さす人通りを見つめた。が、一体何を指しているのか分からずにいると、横からこう教えてくれた。

「あそこを並んで歩いてる二人連れ。男の方は一昨日もそこを歩いてた」

「うん?」

「別の女と一緒に」

私は思わず彼女を見やった。彼女は表情を変えずに下を眺めている。おそらく毎日ここへ来ているのだろう。高校の時の私とそっくりだった。その頃、退屈な授業を抜け出しては、屋上へ出向いてぼんやりと暇潰しばかりしていた。

「よくここへ来るんだ」

「ま、ね」

彼女はそう言ってから、不思議そうに尋ねた。

「階段の方から来たね。普通に入ってこないの」

「鍵掛かってるでしょ。最近、どこもそんなんばっかだからさ。君こそよくこんな場所見つけたね」

ごそごそと腰のポーチに手をやって、彼女はちゃらりと針金や棒のようなものを幾つか取り出した。知恵の輪か何かの玩具かと思ったがどうも違う。

「これ」

「……なに、それ」

「これで鍵開けるんだよ」

私は思わず吹き出してしまった。その……根性と暇さ加減に。訝しげに見つめてきたので弁解する。

「ふふっ、私の頃はそんな事、考えもしなかったなぁ。ほら、私のころは今と違ってどこも開けっ放しだったから。よくやるよってね」

彼女は少し驚いたような顔をして、まじまじと私の顔を眺めた。

「サボってたんだ」

私はまたも煙草に火を移しながら答えた。

「まぁね。学校なんか顔出すだけだったよ、周りからも言われた。『お前が卒業できただけでも不思議なのに』って。自分でもホントそう思ってるよ。よく進学できたなってさ」

彼女は少し唇の端を緩め、新都市の向うを眺めるような遠い眼差しで、呟くように言った。

「運がよかったんだね」

「そ」

彼女との出会いは初め、こんな風だった。

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